世界記録保持者・山口観弘の深まる苦悩=求められる水泳に対する意識改革
ステップを踏む順番が違っていた
世界新記録を樹立して以降、不調が続く山口。ジャパンオープンでも振るわず、不満が残る成績に終わった 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】
あれから8カ月が経過した。5月24日から26日まで開催されたジャパンオープン。山口の結果は芳しいものではなかった。初日の100メートル平泳ぎでは7位、2日目の50メートルではB決勝にすら残れなかった。代表に選ばれている3日目の200メートルも決勝に進出できず(B決勝で1位)、「全然ダメです。いいところがない。アップでは悪いところが修正できているんですけど、本番になるとうまくいかない」と、山口の表情には苦悩が浮かんでいた。
世界記録はそれが更新されない限り、いつまでもつきまとう。なにしろ世界一なのだ。選手の強さを一言で説明するのに最もシンプルな枕詞である。そのプレッシャーたるや想像を絶するものだろう。ましてや10代の記録保持者となればインパクトは絶大。山口は世界記録を出して以降、4月の日本選手権まで2分10秒を満足に切ることができなかった。周囲の騒々しさで自身を見失ったこともあったという。平井コーチも山口の状態を心配する。
「本来であれば、代表に入って、世界大会に出て、メダルを取って初めて世界記録に挑戦するものなんです。北島(康介/アクエリアス)の場合は、そうやって段階を踏んできた。しかし、山口の場合は違う。彼は代表に入る前に世界記録を出してしまった。選手としての成長よりも記録だけが先をいっている状態なんです」
「僕はおごっていたのかもしれない」
ジャパンオープンの100メートルで惨敗したあと、平井コーチは山口に対して、厳しいことは言わずにあえて突き放した。「なぜこうなったか自分で考えてみろ」。もちろん見放したわけではない。技術的な問題であるならば、コーチの指導でいくらでも修正することができる。しかし、メンタルの問題となれば自身で解決する以外にない。そして自分で気づかない限り、先への道は開かれないのだ。
「気持ちが不安定なんです。今はレース前とレース後で言うことが違ったりする。志布志にいたころは、練習することに飢えていた。今は寮の同部屋に萩野(公介/東洋大)がいて、周りには五輪選手がたくさんいる。それでお腹いっぱいになっているのかもしれない」(平井コーチ)
山口自身もメンタル面に問題があることを認めている。以前は、ほかの選手の良いところを吸収しようと映像を見ながら研究していた。それが自分のスタイルだと思っていた。しかし世界記録を出したことで、追われるものとしての意識が強くなり、ほかの選手の映像を見る回数が少なくなった。「いま思うと、僕はおごっていたのかもしれません。自分だけしか見てなくて、水泳に対する意識が低かったんだと思います」。ジャパンオープン後、山口は険しい顔でそう語った。