世界王者・宮崎亮の原点と未来

城島充

原点は父親の手ほどきを受けた幼稚園時代

WBA世界ライトフライ級王者・井岡(右)とは興国高校時代からの同級生 【写真は共同】

 初めてボクシングの手ほどきをしてくれたのは、父親だった。専門誌の取材でインタビューしたとき、宮崎はボクシングの最も古い記憶をこう語ってくれた。
「父親がアマチュアでボクシングをやってたみたいで、幼稚園のころから教えてもらってたんです。もちろん、遊び半分やったんでしょうが、そのころからずっと、俺はボクサーになるんやって思ってたんですよ」

 幼稚園児が「シュッ、シュッ」と息をはきながら、小さな拳を突き出す――その記憶はまるで人気漫画「がんばれ元気」の主人公を思わせるが、宮崎は「ほんと、あんな感じなんですよ」と笑いながら振り返った。
「ボクサーになるという思いと一緒に、世界チャンピオンになるんやという夢もはっきりと芽生えたんです」

 小学校のころはサッカーボールを追いかけ、中学に入るとサッカー部がなくてバスケットボール部に入った。そうしてほかのスポーツをしながらも、自宅にあった8オンスのグローブで自分が思う理想のボクシングスタイルを体にすり込んでいったという。
「『左は世界を制す』という言葉を知ると、友だちを相手に左拳にだけグローブをはめてジャブからコンビネーションを打ったりしました。バスケで身に付けたフットワークやフェイントも、いつかボクシングで使えるかもしれない。心の中でそう思い続けていました」

 もちろん、我流のまま世界の頂点に立てるほどボクシングの世界は甘くない。「人に恵まれました」と、宮崎は周囲への感謝を常に口にする。母親はもちろん、井岡ジムのスタッフや仲間、小学生時代からの友人、中学、高校時代の恩師……。世界王者になった瞬間の歓喜を振り返ってもらったときも、宮崎が強調したのははまぶたに焼き付いたこんなシーンだった。
「ベルトを肩にかけてリングを降りるときです。今まで支えてくれたみんなが祝福してくれている光景が、パッと目の前に広がったんです。俺の中で一枚の写真みたいに残ってるんですが、その光景がベルトと同じくらい宝物ですね」

KOパンチの余韻と減量のリスク

 プロのリングで初めて宮崎のボクシングを見たとき、身体能力の高さと躍動的な身のこなし、縦横なステップ、そして一瞬の爆発力に驚いたことを覚えている。

 ガードを下げ、近い距離でも相手のパンチを巧みなサイドステップとボディワークでかわし、鋭いカウンターを急所に叩き込む。彼はその奔放なスタイルのベースを父の記憶と、自らの発想と努力、そして周囲のサポートを得て築いていたのだ。ライトフライ級時代はそんなボクシングを存分に披露しながら、日本、東洋のベルトを巻いた。ボクシングをまったく知らない人が見ても、その魅力を堪能できるような動きを見せていたのだ。

 ミニマムに落として世界のベルトを巻き、「ボクシングを始めたころからの夢がかなった」と涙を流したが、その動きは別人のようにも見えた。初防衛戦も減量苦は明らかで、結果的に左フック一発でベルトを守ったが、序盤から足を使わなかったのは意図的なのか、それとも動けなかったのか。いずれにせよ、足を止めて接近戦で打ち合うのは、彼本来のスタイルではない。

 初防衛に成功した王者は「今は白紙の状態」とベルト返上と階級を上げる決断を保留しているが、拳に残るKO劇の余韻と、明らかに適正ウエートではない階級で戦うリスクを心の中でどう調整するのだろうか。

 ベルトの価値は確かに重く、その階級で防衛を重ねてこその王者ではある。しかし、日本のボクシング界がWBA、WBC、WBO、IBFと4団体承認時代に入り、これからのトップボクサーはベルトのコレクションだけではなく、「誰とどんなファイトをしたか」という内容でその真価を問われていく。

 ベルトを返上すれば、批判の声もあがるだろう。だが、宮崎本来の奔放なボクシングを多くの人に見てもらうためにも、適正ウエートで戦うべきではないだろうか。2階級制覇という響きにひかれるのではなく、そのポテンシャルを最大限に発揮してほしいと願うがゆえに、そう思う。

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著者プロフィール

関西大学文学部仏文学科卒業。産経新聞社会部で司法キャップなどを歴任、小児医療連載「失われた命」でアップジョン医学記事賞、「武蔵野のローレライ」で文藝春秋Numberスポーツノンフィクション新人賞を受賞、2001年からフリーに。主な著書に卓球界の巨星・荻村伊智朗の生涯を追った『ピンポンさん』(角川文庫)、『拳の漂流』(講談社、ミズノスポーツライター最優秀賞、咲くやこの花賞受賞)、『にいちゃんのランドセル』(講談社)など

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