福島千里、五輪惨敗後も続く試行錯誤=日本女子初10秒台へ、目覚めた意識

高野祐太

“スーパースター状態”を脱し、直面した課題

ゴールデングランプリ東京で100メートルに出場した福島(中央)。今季3戦目も満足のいく結果は残せず、葛藤が続く 【野口卓也】

「もっと世界に近づくため、すべきことは挑戦。けれど、行動を起こしてはみても本当に進むべき先が見通せない。だから、不安で仕方がない」――これは、ロンドンで2大会連続の五輪出場を果たした陸上日本女子短距離界のエース・福島千里(北海道ハイテクAC)が、今季を迎えるに当たって吐露した言葉の要約だ。新たな試みの必要性を感じながら、その手立てが手探り状態である葛藤が感じられる。

 難題を前に立ち往生しているといった様子の背景には、物事は右肩上がりに進歩し続けるわけではないという普遍の摂理が福島の身にも起こっている実情があるように思われる。事実、4月29日の織田記念国際、5月3日の静岡国際、5日のゴールデングランプリ東京の今季序盤の3大会の結果は、自己記録に比べてやや物足りない、世界選手権の参加標準記録B(100メートル11秒36、200メートル23秒30)をかすめる程度のタイムにとどまった。

 福島は、2008年の20歳のときに北京五輪出場で話題をさらって以降、10年に100メートルと200メートルの2種目で11秒21と22秒89の日本記録を出し、翌11年も100メートルで追い風参考ながら11秒16をたたき出すなど、2年前までは目覚しい結果を残してきた。だが、肝心の12年ロンドン五輪イヤーになって福島の中で何かが狂い始めた。8月になっても状態を立て直すには至らず、五輪本番も女子100メートルと200メートルの両種目とも予選敗退の惨敗を喫してしまった。

 同じ北海道出身の先輩である北京五輪400メートルリレー銅メダルの高平慎士(富士通)が、福島の心情をおもんばかって言う。
「若いアスリートには成績が爆発的に向上して何をやってもうまくいってしまう急成長期が訪れることがあって、僕は常々それを“スーパースター状態”と呼んでいるんです」
 高平は、福島の場合も08年から10年、もしくは11年ごろまでがそうだった可能性を指摘している。だとすると、その段階を抜けてしまった時点からいかに再び成長軌道に乗せるかという課題は、“スーパースター”というバブリーな語感との対比からも困難かつ大きなテーマになってくるに違いない。福島自身も「(今まで)ポンポンポンといき過ぎたので、もう1回見直したいところがある」と、現状を認識している。

どん欲に情報収集「今やらないと後悔する」

 浮上のためにはどうしたらいい? 失意の12年夏以降、時間のある冬季のオフの間も、福島は一生懸命に試行錯誤を重ねた。容易に正解が導けることはなく、考えは行ったり来たりで、今も定まったものは見いだせていない。それでも、自分がこうしたいというおおまかな方針やイメージは生まれている。北海道ハイテクACの中村宏之監督からは「福島らしさを失いはしないか」とアドバイスをもらうこともあったが、「いろいろ試すのもいい」と、今は自分で考える強化策に理解をもらっている。

 2度目の五輪を経験して、まず反省したのは「4年後にこうなっていようという余裕がなかった」ことだ。福島が言う。
「1年1年、世界選手権やアジア大会に向けてがむしゃらにやってきて、“エネルギー切れ”みたいな感じだったかと思いますね。4年間をどう過ごし、五輪に持っていくかというやり方や技術を持ち合わせていなかった。4年間ずっとピークを保てるわけじゃないですからね。リオ五輪に向けては逆算したいです」
 自らを追い込んでしまいがちな自分には心に余裕を持つことが重要であり、同時に長期的な視点の土台からの強化が必要という認識だ。

 その上で、自分の持ち味は大事にしつつも、新たな挑戦をしなければという思いが強くなっている。すべては100メートルで日本人女子初の10秒台を目指すため。現状維持は後退を意味するし、元の自分を取り戻すことでもない。高い意識に目覚めた。
 きっかけは、ロンドン五輪で女子100メートル銀メダルのカーメリタ・ジーター(米国)や銅メダルのベロニカ・キャンベル・ブラウン(ジャマイカ)ら世界トップのパワフルな走りを目の当たりにしたこと。自分の最大の特長は高速ピッチ走法だが、それだけでは限界があるのでは、と感じた。
 多くの関係者に「10秒台で走るために何が必要だと思いますか」と聞いて回るなど、どん欲に情報収集した。
「今まで(努力して)やってきた結果、11秒21が出せた。温故知新じゃないですけど、その上で新しいことを知っていかなきゃいけないし、挑戦しないとチャンスはないと思うんです」
 福島の声に少し力がこもる。
「できないことをできるようにしていきたいし、24歳でこんなに経験ができたことを生かさないといけない。年齢とか体力の問題も気にしなくても動ける体だし、今やらないと後悔するんじゃないかなってすごく思う」

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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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