競泳日本ヘッドコーチ・平井伯昌に学ぶ「結果を出し続ける人の育て方」
北島、萩野らを指導する名伯楽のコーチング論
北島(左)をはじめ、日本競泳界のトップ選手を指導する平井伯昌コーチ。個性に合わせた指導法で、勝ち続ける選手を育てている 【写真は共同】
平井は今春から東洋大学水泳部の監督に就任した。同じく東洋大に入学したばかりの萩野や山口、内田美希、宮本靖子のほか、寺川、加藤ゆか(東京SC)、上田春佳(キッコーマン)などの社会人も継続して指導する。新生「チーム平井」に所属する15人の選手のうち、8人が世界選手権の代表。世界中を見渡しても、ここまでスター選手が集まるレベルの高いチームは珍しいだろう。
平井の指導の功績は、北島のズバ抜けた実績とともに語られることが多いが、本当に評価すべきはほかにある。北島とは性格や種目が異なる中村礼子に2大会連続の五輪銅メダルを獲得させ、崖っぷちだった寺川もメダリストに育て上げた。メドレーリレーでは加藤や上田にもメダルをもたらし、そして、昨年末から指導し始めたばかりの萩野に多種目に挑戦させ、5冠を達成させた。平井のすごみは、年齢や性別、性格、種目、実力も異なる選手を指導し、勝ち続けていることだ。
「チーム平井」の門下生は、確かに日本でトップクラスの優れた才能を持つ選手ばかり。だが、才能だけで勝てるほと世界は甘くない。名伯楽は、個性が違う複数の選手をどのような指導で、本番で力を発揮させる選手に育てるのか。平井の思考やコーチング論に迫ってみたい。
個性に合わせてゴールへ導く柔軟さ
平井がよく口にする言葉だ。彼の指導の土台は先人たちの教えでできている。例えば、早稲田大学時代のコーチや、東京スイミングセンターの先輩たち、時には戦国武将など歴史上の人物の教えなども参考にしている。20代のころは、鈴木大地を育てたセントラルスポーツの鈴木陽二の元に丁稚(でっち)奉公のように押しかけ、練習を手伝いながら、「鈴木先生がどんな考えでこの指示をしたのかなどを、ひたすら考え続けた」。
その上で、選手一人ひとりの個性に応じて、指導方法や伝え方を考えていった。この柔軟性が平井の最大の特徴であり、武器である。つまり過去の成功体験にとらわれない。選手の個性も現状も異なるので、過去の成功体験がそのまま通用しないのは当たり前というのが彼の持論だ。教え子が15人なら15通りのやり方で、目先の成績ではなく、「最高のゴール」へと導いていく。
平井が指導前に必ず行うのは、選手たちの徹底したパーソナル分析だ。
「技術や体力などのデータはもちろん、選手の言動をよく観察して、性格や人間性を頭に一度インプットします。どんな思考なのか、何を理解していて理解していないのか、どう伝えれば効果的に伝わるのか、理解するまでにどれほどの手間暇がかかるのかなどを考えた上で、指導プランを立て行動に移す」
選手への伝え方や接し方も全く異なる。例えば、北島は指導者の指示を素直に受け入れ、自分を信じる力がある。裏付けのある練習と、根拠を持った説明をした上で「お前は勝てる」と言えば、それを信じて突き進むことができる。だからこそ、ライバルの泳ぎを含め、詳細なレース展開を映像化できるぐらいに伝えた。
一方、不安症でメンタルが弱かった中村には、伝え方をガラリと変えた。隣のレーンで泳ぐライバルの情報はあえて言わず、自分の泳ぎに集中させるように成功イメージだけを繰り返し言い続けた。また、朝食からバス移動、ウオーミングアップ、招集所の入口まで付きっ切りで、彼女の極度の不安症に寄り添う接し方を選んだ。
寺川を指導し始めたころ、彼女の言動を見て「これまでは、周囲が彼女をお嬢様扱いをしてきたんだな」と感じた平井は、あえて距離を取った。他の選手は名前で呼んでいたが、寺川のことは苗字で呼び、チームをうまく機能させるためにも、「特別扱いはしない」ということを態度で示したという。また、過去の「失敗の引き出し」が多かった寺川は、平井が提案する練習に対し、「200メートルはやりたくない。いい思い出がないから」などと、思い込みからチャレンジできない傾向があった。そんな彼女に、平井が考えたのは、従来の練習手順と異なる方法だった。持久力をつけさせる時期に、あえてスピード練習を盛り込み、試合で成果を出させた。「平井先生の指示なら成績が出る」という信頼を寺川から得るようにしたのだ。その後の寺川は、平井が驚くほど、自主的に頑張りだしたという。