競泳日本ヘッドコーチ・平井伯昌に学ぶ「結果を出し続ける人の育て方」

高島三幸

次につながる考え方のヒントを与える

日本選手権で5冠を達成した萩野(右)には、成長につながる考え方を教えている。ちょっとした気づきが積み重なって大きな成果となる 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 昨年末から指導を始めた萩野は、北島と似ている部分があるという。
「のみ込みがいいというか、頭が柔軟というか。単に指導者の指示を待つのではなく、自分の考えを持ちながら、指導者の意見を請うタイプ。指導者の言葉の真意を考えて納得できる素直さが、北島と似ている。だから彼には、競技や人間性の成長につながるような考え方を、意識して教えています」

 例えば、日本選手権最終日、6冠を狙った200メートル背泳ぎで、入江陵介(イトマン東進)に負けた萩野は、囲み取材でその敗因を「多種目の出場による疲れのせいだ」と片付けようとした。しかし、平井には、萩野が入江を意識しすぎたがゆえに、前半のペースを抑え、泳ぎのリズムがいつもより落ちてしまったように思えた。そんなときは大抵、後半にテンポを上げようと思っても、自らへばってしまうもの。思うようにスピードを上げられないパターンが多いという。

 平井は萩野に「結果を出せた選手は、『自分の泳ぎができました』と言うだろう。だからこそ、今日のように結果を出せなかったときは、『相手を意識しすぎて自分の泳ぎができなかった』ということになるんじゃないのか」と諭すように伝えた。萩野は考え、「なるほどー。そうか、分かりました!」と腑に落ちたようだったという。そのちょっとした気づきが積み重なって大きな成果へとつながっていく。次のレースにつながる考え方のヒントを、平井は必ず選手に与えるのだ。

ティーチングとコーチングの使い分け

 平井の指導には、ティーチングとコーチングの使い分けが欠かせない。ティーチングとは、あいさつや心掛けなど、基本的なことをひたすら言い続けること。コーチングは、指導者が「君はどう思うか?」と問いかけるように指示し、選手が自ら考え選択していく方法だ。

 北島や上田には、幼いころからティーチングで心構えや努力の大切さなどをしっかり身につけさせ、段階を経てコーチングで指導してきた。だが、大学生になってから教える山口らには、そのティーチングから徹底的に教え込まなければいけないと平井は考えている。ティーチングには、人から言われてやるのではなく、自分で頑張る癖を身につけさせる目的もある。自主性を育む土壌ができるからこそ、コーチングが効く。

 だが山口は、その土壌が出来上がる前に、昨秋の岐阜国体で世界記録を出してしまった。
「北島の場合、金メダルを取るための長期的プランを立て、少しずつ実績を積み重ねてきた。成績に伴い、技術だけでなく、競泳に対する考え方や人間的教育なども、段階を踏んで指導してきたんです。でも山口は、世界の舞台どころか、日本選手権でも優勝した実績がなかったのに、突然、記録だけが頂点に到達してしまった。あくまでも、われわれの『最高のゴール』は五輪で金メダルを獲得すること。世界記録で慢心してしまっては、次の成長につながらない。世界で勝てるだけの人間性を磨くためにも、ティーチングを活用し、『勝つために何が本当に大事なのか』を本人が気づくまで、僕は何度でも言い続けます。世界記録はラッキーだったぐらいにとどめ、技も心も段階を踏んで成長してほしい」

「チーム平井」の今後の課題

 新生「チーム平井」はスタートしたばかり。練習場所やサポートコーチの確保、マネジメントの課題、大学を卒業してから競技を続ける道など、選手ができるだけ練習に集中できる環境を整備しようと、平井はロンドン五輪直後から必死に準備してきた。

 今後の平井の課題は、複数の選手をどうサポートし、勝ちに導くかだ。例えば、全員のレースのウオーミングアップを付きっ切りで見ることは、どう考えても難しい。
「確かにそこは課題で、他のコーチと分担し、サポートレベルが下がらない方法を考えていきます。でも、この15人という人数は、チャレンジできると思ってお引き受けしました。それは、社会人組と学生組との指導スタンスが違うから。社会人組には、僕のところで続ける条件として、『自己責任でやってほしい』と伝えました。自立心と自分のテーマを持って練習や試合に挑まないと、世界では勝てないし、社会人として競技を続けるからこその自覚と覚悟を持ってほしい。大学生組は人間的な教育が必要ですから、その分、手間暇がかかるし、かけたい。結局は、自分の人生を、どれだけ選手のためにかけることができ、メダルに導かせることができるかだと思っています。指導者である僕の挑戦です」

 平井は必ず、次の五輪を見据えた計画を立てる。そして、五輪の翌年は、新たな環境で、さまざまな仮定を積極的に実行して検証できるチャレンジの年だとも考えている。7月のバルセロナは、リオデジャネイロ五輪に向けた第一通過点であり、挑戦できる格好の場だ。常識にとらわれない思考でどれだけ指導の幅を広げ、われわれにどんな感動を与えてくれるのか。名将の采配にもぜひ注目したい。(敬称略)

<了>

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著者プロフィール

ビジネスの視点からスポーツを分析する記事を得意とする。アスリートの思考やメンタル面に興味があり、取材活動を行う。日経Gooday「有森裕子の『Coolランニング』」、日経ビジネスオンラインの連載「『世界で勝てる人』を育てる〜平井伯昌の流儀」などの執筆を担当。元陸上競技短距離選手。主な実績は、日本陸上競技選手権大会200m5位、日本陸上競技選手権リレー競技大会4×100mリレー優勝。

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