F1チームを強くする非情人事=赤井邦彦の「エフワン見聞録」第4回

赤井邦彦/AUTOSPORTweb

ウイリアムズ株主、ウォルフがメルセデス加入

 ウォルフは昨年までウイリアムズの株を持った同チームの取締役のひとりだった。元々投資家である彼は、TOB(株式公開買い付け)を仕掛けて株を取得した企業に乗り込み、経営に参画することは当然の成り行きと考えている。ウイリアムズ時代もそうだった(TOBではない)が、今年メルセデスF1チームの大株主になり、いきなり現在の地位に就任した。ハウグのポジションを奪ったのである。いや、ウォルフが自らそのポジションを欲しがったのではないだろう。おそらく、メルセデスの親会社であるダイムラーが送り込んだのだ。なぜならウォルフはこれまでDTM(ドイツツーリングカー選手権)の世界で大きな力を持つHWAの株主として経営に参画しており、モータースポーツを知る経営者として優れた才覚を発揮してきた。ダイムラー経営陣はそのことを知っており、今回のメルセデスF1チームにウォルフを送り込んだとも考えられる。

 メルセデスF1チームにやって来くるとウォルフは、非情な手腕をいきなり発揮した。すぐにニック・フライCEOのクビを切ったのだ。「クビじゃない。違う仕事をしてもらうだけだ」とウォルフ言うが、フライはこれからコンサルタントという立場でチームに関わるのだとか。これでは「何も仕事はありませんよ」と言っているようなもの。「能なしは出て行ってくれ」とウォルフが三行半を突きつけたということだ。ホンダ時代を含めて長い間おいしい汁を吸ってきたフライは、昨日まで我が物顔に乗り回していたカンパニーカーのメルセデスSクラスを突然召し上げられ、レースに行く飛行機もファーストクラスからエコノミークラスに格下げ。それがいやなら自宅作業というわけだ。

功労者の処遇

 次にウォルフが下さなければならない判断はロス・ブラウンの処遇である。そもそもメルセデスF1チームは、もともとブラウンGPだったチーム。ブラウンにとっては自分のチームのようなものだ。しかし、チームをダイムラーに買収されメルセデスF1チームになったところからブラウンの苦難が始まる。成績不振がその苦難の源。自分のチームなら成績不振は自分に降りかかってくるだけだが、ダイムラーという自動車メーカーの考えは違った。“メルセデス”という高級ブランドネームが成績不振で汚されることを嫌ったのだ。それは当然だろう。メルセデスを売るための活動(=F1参戦)でメルセデスの名前が貶められることに我慢できるはずはない。ダイムラーがF1に参戦する理由は、メルセデスの自動車を売ること以外にはないのだから。そのためにはチーム創立者のブラウンであってもリストラの対象になる。

 とはいえブラウンは、今年はまだ安泰だろう。彼をフライと同等に考えることはできない。ブラウンがいて初めてこのチームは機能し、少しずつ改良がなされてきた。そして、F1マシンも開発されてきたのだ。そのブラウンをむげにすることはできない。ただ、今年は安泰だとしても、来年ブラウンの立場はどうなるか分からない。元マクラーレンのパディ・ロウという優れた技術者がメルセデスF1チームにやって来るからだ。彼の獲得には“チーム建て直し”という立派な理由があるが、そろそろ賞味期限が切れるであろうブラウンをスライドさせるための奥の手であることは、パドックの誰もが知るところ。もちろん、ブラウン自身がそれをいちばんよく知っている。

 こういった信じられないほど非情な、“非人情的”な人事が、F1界ではあちこちで行われている。自分で作った会社を追われるといった泣きのドラマはときどき耳にするが、F1界では案外頻繁に行われている。そして、一連のこうした騒動で判明したのは、チーム代表と呼ばれる人たちの多くが雇われの“仕事請負人”だということ。ゆえに、仕事がうまく行かなければ(つまりレースで良い成績が残せなければ)、簡単にクビにされるということだ。今、レッドブルのクリスチャン・ホーナーも、マクラーレンのマーティン・ウイットマーシュも、フェラーリのステファノ・ドメニカリも(ドメニカリの場合は少し状況が異なるが)……いつ自分のクビが飛ぶのか、ヒヤヒヤものだろう。

<了>

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著者プロフィール

赤井邦彦:世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。

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