29回目のフェデラーvs.ナダル 「早すぎる」特別な一戦

内田暁

ケガの巧妙? いつもと違ったナダルの必勝法

試合は、ナダルのストレート勝ちに。勝敗を分けた要因とは 【Getty Images】

 1万人以上の観客が見守った、準々決勝でのライバル対決に掛ける思いは、あるいは「ケガからの復活」という物語を背負ったナダルの方が、少しばかり大きかったかもしれない。フェデラーのサービスで幕を明けた試合の最初のポイントを奪ったのは、フォアハンドの強打を鮮やかにたたき込んだナダル。ナダルの動きや眼の色が前日までと異なっているのは、誰の目にも明らかだった。
 加えるなら、両者が「どんな展開になるかは予測できる」と口をそろえる試合内容が、この日はいつもと少しばかり異なる様相を描いていた。通常、ナダルのフェデラー対策は明確であり、本人も「何も隠すことはない」と戦術を明言することを厭わない。
「ロジャーのバックの、高いところをつく。そして攻め急がず、決められると確信できるまで待つ」
 それが28回を重ねて変わらぬ、ナダルのフェデラー必勝法だ。

 だがこの日は、少々様子が異なった。ナダルの仕掛けが早い。さらには直線的な低いバックハンドショットが、フェデラーの黄金のフォアハンドを押し込んでいる。
 実はこのバックハンドこそが、ナダルが試合前からにらんでいた、大きな勝利への鍵であった。
「フットワークにまだ不安があるので、いつものように回りこんでフォアを打つのは難しいと思っていた。だからバックの出来がとても重要だった」
 だからこそナダルのバックにはいつも以上の鋭さがあり、勝負を仕掛けるタイミングも早かった。そしてその違和感が、時計仕掛けのように精緻なフェデラーの歯車を、わずかばかり狂わせていく。第1セット3−3のフェデラーのサービスゲームで、ナダルは3度のデュースの末にブレークを奪う。「第1セットは、ファンタスティックなプレーができた」と自画自賛するナダルがセットを先取。過去の対戦データによれば、第1セットを取った方が75%の確率で勝者となっている。ナダルが、勝利に大きく近づいた。

フェデラー、不調の原因

 第2セットは、試合後のナダルの言葉を借りれば「奇妙」な内容である。フェデラーは彼らしくないミスを重ね、特にバックハンドが大きくラインを割ることが多い。「彼は、万全の体調では無かったと思う」とナダルが感じた通り、フェデラーは腰を痛めており、左右の動きに難があった。それでもフェデラーは「確かに腰に問題はあったが、ラファのような選手と対戦する時、そんなことは関係ない」と負傷を言い訳にはしない。一方のナダルにしてみても、相手の不調を感じたからといって、攻撃の手を緩めることはない。第2セットに入り、試合の趨勢(すうせい)は急激にナダルに傾き始めた。
 勝者も敗者も互いに相手を敬い慮った試合は、復帰後初のハードコート大会に挑んだナダルが、勝者となる。スコアは、6−4、6−2。試合時間は84分。試合後に握手を交わした際、フェデラーはナダルに「おめでとう。君が戻って来てくれてうれしいよ」と声を掛け、ナダルは「腰は大丈夫?」とたずねた。

ナダル「ロジャーとの対戦は、いつだって特別」

 9年前の、マイアミ大会3回戦での初対戦――それは生まれたばかりの新王者に、ランキングを駆け上がる若き挑戦者が挑むという形で実現した。

 時が流れ今回は、ナダルが完全復活への道を突き進む中で、両者の足跡がいつもより早い段階で交錯する。結果勝者となったのは、9年前と同じくナダル。かつてナダルがフェデラーを破ることで覇道を歩み始めたように、今回の勝利はナダルに、再び頂上へと戻る道を示す光となったかもしれない。
「僕は休んでいた7カ月半、ずっとこのような試合を待ち望んでいた。テニス史上最高の選手であるロジャーとの対戦は、いつだって特別であり、僕にとって意義深いものなんだ」
 ナダルが「特別」だと振り返る、29回目の“ロジャー対ラファ”決戦。
 それは、対戦者の合計グランドスラム獲得数が史上最多(フェデラー17、ナダル11の計28タイトル)という、テニス史においても、特別な金字塔であった。

<了>

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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