知られざる中国でのACL舞台裏=反日的な機運はほとんど感じられず

宇都宮徹壱

貴陽で受けた至れり尽くせりの対応

貴州で出会ったボランティアの女子大生たち。彼女たちのホスピタリティにすっかり癒される 【宇都宮徹壱】

 恒大対浦和から一夜明けた27日、広州から空路で広西チワン族自治区を横切り、次の目的地である貴州省の省都・貴陽に向かう。空港に着くと、北京や上海や広州とは明らかに異なる、いかにも内陸部の都市を想起させる土埃と喧騒(けんそう)が私を出迎えてくれた。広州以上に、随分と遠くに来たような気分になる。そういえば、タクシーの行列に並んでいたら、レイソルのマフラーを付けた数人の若い柏サポーターの姿を見かけた。声をかけることはしなかったが、愛するクラブに声援を送るために、万難を排してウィークデーにこの地まで駆けつける彼らを、私は心からリスペクトしたいと思う。

 そんな彼らに比べると、われわれ取材陣は随分と恵まれた環境にあった。前日、広州で取材していた際に柏の広報・河原正明さんより「貴陽で宿泊するホテルをお知らせください」というメールをいただいていた。現地公安からの指示だという。当初は「やっぱり中国だなあ」と思っていたのだが、その後のメールによれば「各ホテルにボランティアスタッフを派遣するため」だという。ホテルにチェックイン後、しばらく自室で作業をしていると電話が鳴り、「宇都宮さんですか? お迎えにあがりました」という若い女性。若干たどたどしいものの、もちろん日本語である。急いで身支度を整えてロビーに降りると、貴州大学で日本語を学んでいるという地元の女子大生が待っていた。

 彼女に導かれるまま、小型バスにピックアップしてもらうと、すでに日本の同業者が乗り込んでおり、彼にもボランティアの日本語ができる女子大生が帯同していた。あとで知ったことだが、この試合のために貴陽を訪れる日本人ジャーナリストのために、現地の外事弁公室国際処が、急きょ日本語ができる大学生をボランティアスタッフとして招集したというのである。柏の河原さんも「本当は、ジャーナリストの皆さんには、同じホテルに泊まっていただいて、一度にバスで移動してもらったほうが良かったと思っていたんですが、それでもあれだけの短期間で、これだけのボランティアスタッフを集められたのは純粋にすごいことだと思いました」と実感を込めて語っている。

 貴州が省を挙げてこれだけの対応をしたのは、国家からの指令というよりも、単に「初めてのACLで気合が入っていた」(河原さん)という見方のほうが自然であるように思える。それは、会場で出会った運営スタッフの意気の高さからもうかがい知ることができた。国家から押し付けられたミッションであれば、彼らの対応はもっと官僚的になっていたことだろう。だが実際には、私が接したスタッフはいずれも親身になって、こちらのリクエストに可能限り応えようと努力していた。私自身、04年のアジアカップ以降、何度か中国での取材機会があったが、これほどまで微に入り細に入りきちんと対応してくれた会場を他に知らない。滞在はわずか1日であったが「貴陽」という地名はしっかりと、私の脳裏に刻まれることとなった。

あらためて実感したACLならではのだいご味

Jクラブ勢で唯一ACL初戦を白星で飾った柏の選手たち。2度目のアジア挑戦に士気は高い 【宇都宮徹壱】

 結論から言えば、今回のACL2試合に関していえば、政治的(さらに言えば反日的)な兆候のようなものは、ほとんど感じることはなかった。もちろん、すさまじいブーイングはあったし、中国国歌の「義勇軍行進曲」が歌われることもあった。だが、それらはいずれも「反日」というよりもサッカーの文脈の中に回収可能な事象である。少なくとも、この2試合においては(多少、疑問の残るジャッジはあったものの)、きちんとサッカーが行われていたと見て間違いないだろう。それと付随して、今回の中国取材で気づいたことを2点だけ挙げておきたい。

 まず、ピッチ内のラフプレーがかなり減少した。つい最近までは「中国=ラフプレー」というイメージが色濃かったのだが、これだけ世界中から質の高い選手や指導者を招くようになり、そうした悪癖は(相手が日本のチームであっても)減少傾向にあるように感じられる。恒大にしても貴州にしても、多分に外国人頼りのチーム作りをしているのは否めないが、さりとて5年くらい前の中国サッカーの状況と比較すれば、それなりに洗練されつつあるという実感を覚えずにはいられない。

 もうひとつは観客の観戦態度である。04年のアジアカップでは、国歌にブーイングを浴びせる、ピッチにペットボトルなどの物を投げ込む、ゲーム内容に関係なく大騒ぎする、などなど(あまり使いたくない表現だが)民度が低いとしか言いようのない観戦態度は目に余るものがあった。ところがあれから10年近くが経過し、中国スーパーリーグに海外からの良質な部分が注入されることで、かの国のサッカー観戦文化にも良い変化の兆しが感じられる(もっとも、日本代表が中国で試合をしたとなれば、また違ったリアクションが起こる可能性は十分に考えられるが)。

 ACLの第1節は、浦和が0−3で敗れ、柏は1−0で勝利。一方、初戦がホームゲームだった広島は敗れ(0−2)、仙台は引き分けに終わった(1−1)。それぞれの試合に悲喜こもごもがあっただろうが、久々にACLのだいご味が感じられる試合内容だったと思う。それは、現地で観戦したサポーターもまた同様であろう。懸命の声援を送ってくれたサポーターにあいさつする際、柏の田中順也が「よく、こんなに来てくれたなあ」とつぶやいていたのが印象的だった。どのクラブにとっても、勝っても負けてもアジアでの戦いは格別だ。その意味で、とりあえずACLが国際政治に翻ろうされることなくスタートしたことを、ひとりのサッカーファンとして心から喜びたい。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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