知られざる中国でのACL舞台裏=反日的な機運はほとんど感じられず
中国のピッチに政治的影響はあったのか?
恒大は2年連続の中国チャンピオンで、昨シーズンは2冠を達成するとともに、ACLでは柏とFC東京をホームで撃破し、初のベスト8進出を果たした。スーパーリーグ随一の金満クラブとしても知られ、年俸11億円といわれるダリオ・コンカ、パラグアイ代表のルーカス・バリオス、そして指揮官に元イタリア代表監督のマルチェロ・リッピを招へいするなど、ここ数年は金にものを言わせた補強が話題になっている。そんな中国の金満クラブに、かつてのアジア王者にして日本を代表するビッグクラブである浦和が挑むのだから、非常に興味深いカードと言えよう。
もうひとつの貴州については、今回が初のACLである(リーグ4位だったが、恒大が2冠となったので繰り上げ出場)。このチームについての情報は少ないが、9番のズラタン・ムスリモビッチと10番のズベズダン・ミシモビッチは、いずれもボスニア・ヘルツェゴビナ代表の主力選手。初めてのアジアの舞台で、この両雄がどんなプレーを見せてくれるのか、個人的に注目している。対する柏は、昨年に続いてのACL挑戦。前回は同組だった恒大にアウエーで1−3と敗れるなど、ほろ苦いアジアデビューとなってしまったが、その恒大から長身FWのクレオを獲得するなど、ACLでの戦いを強く意識した陣容となっている。この両者のコントラストもまた、非常に味わい深く感じる。
だが、それ以上に気になるのが、ピッチ外の状況。今回のACLは、日本の尖閣諸島国有化に端を発する中国の反日デモ以降、初めて行われる日中間のサッカーの公式戦であることだ。政治とスポーツは切り離して考えるべきであることについては論をまたない。が、スポーツの現場に政治の影響が完全に排除できるのかと問われれば、これまた否と言わざるを得ないだろう。果たして、ACLでの日中対決は、つつがなく開催されたのであろうか。本稿ではテレビ画面ではほとんど触れられていない、試合当日にピッチ外の状況について、いち取材者の視点からお伝えすることにしたい。
ものものしさが感じられなかった広州
かくして、まなじり決してスタジアムの門をくぐることになったのだが、ペットボトルを投げつけられることもなければ、猛烈なブーイングを浴びることもない。せいぜい、ゆったりと中国国旗を振りながらやじっている者が数名いるくらいである。その様子を見て、何とも広州らしいなとも思った。この地は、大連と並んで中国有数のサッカーどころとして知られている一方、首都の北京からは飛行機で3時間以上も離れており、何かしら政治的に自由で大らかな雰囲気が感じられる。余談ながら、広州の会場は試合前日までマスキング(大会スポンサー以外の広告を隠すこと)が間に合わず、AFC(アジアサッカー連盟)のスタッフから注意を受けていたという話を聞いた。こうした大らかなというか、いい加減なところもまた、いかにも広州らしい。
それでも試合となれば、話は別である。600人の浦和サポーターが試合前のコールを始めると、4万人近い地元の恒大サポーターから猛烈なブーイングが発せられる。それでも、浦和の野太いコールがかき消されることはない。この瞬間を目撃できただけでも、広州にやってきた価値は十分にあったと思う。試合は、多くの時間帯で拮抗(きっこう)した展開を見せたものの、バリオス(前半16分)、ムリキ(後半20分)、そして浦和のオウンゴール(後半アディショナルタイム)で、恒大が3−0で完勝。この結果に気を良くしたのか、試合後は何とも平和な雰囲気の中、地元サポーターは意気揚々とスタジアムを後にした。われわれメディアも、いったんは「試合後もバスで移動」というお達しがあったものの、警備網が簡単に解かれたこともあり、結局流れ解散ということになった。
正直なところ、無事に試合が終わった安堵(あんど)感よりも、戦前の緊張感がすっかり拍子抜けしてしまった、そんな結末であった。昨年の9月18日、広州では1万人規模の反日デモがあったとの報道を目にしたが、そうした余韻を現地で感じることはみじんもなかった。むしろ広州の日常の風景を目の当たりにすると、今さらながらに「あの反日デモとは、いったい何だったのか」という感慨を覚えてならない。