ポゼッション志向から生まれた“矛と盾”=第91回全国高校サッカー選手権 総括

安藤隆人

セカンドボールを拾うのがうまかった鵬翔

京都橘は小屋松(右)と仙頭(中央)の2トップの能力を生かして、決勝まで勝ち上がった 【写真は共同】

 今大会に目を向けてみると、決勝に勝ち上がってきた鵬翔と京都橘は、まさにこれに当てはまる。

 堅守と言われた鵬翔は、ただDFラインが引いて、相手の攻撃を跳ね返しているだけではなく、セカンドボールの処理が非常にうまかった。この部分の質の高さで決勝まで駒を進めてきたと言っても過言ではない。

 鵬翔のシステムは4−4−2のダイヤモンド型だが、これはむしろ、逆三角形型の4−1−3−2という表現の方が正しいかもしれない。アンカーの矢野大樹がDFラインの前でセカンドボールの処理を担当。そこまでは普通だが、前の左から川崎晧章、小原裕哉、東聖二の2列目とアンカーの矢野との距離が非常に近いのがポイントだ。矢野との距離を詰めることで、セカンドボールを拾う際に、数的優位を作り出しやすくする。ボールサイドに4人のうち、矢野を含めた2〜3人で対処し、ボールのないサイドの選手はそのまま攻撃的なポジションを取って、カウンターの起点となる準備をする。そして、セカンドボールを拾ってから、素早くワンタッチでパス交換をしてから、一気に逆サイドのポジションの選手、もしくはスピードのあるFW北村知也、高さのあるFW澤中拓也に展開をすれば、少なくとも3人で素早いカウンターを仕掛けることができる。

 準決勝の星稜(石川)戦ではこれがモロにはまった。星稜は2トップに加え、両サイドがワイドに張り出すため、ボックス型の4−4−2が、実質的に4−2−4となる。そのため、セカンドボールを拾う上で、鵬翔の数的優位がより顕著になった。「鵬翔はセカンドボールの拾い方、拾ってからの動かし方がうまかった。中盤で数的優位を作られて、セカンドボールをうまく展開された。これまで戦っていた相手とは異質だった」(星稜・河崎護監督)、「セカンドボールが落ちてくる場所に人数をかけてきたので苦しかった」(星稜MF井田遼平)と敵を唸らせるほど、そのクオリティーは高かった。

 佐野日大(栃木)、立正大淞南(島根)、そして星稜はまさにこのセカンドボールのイニシアチブ(主導権)を握られたことで、鵬翔のカウンター、そこから派生するセットプレーでゴールを次々と奪われた。鵬翔の得点のほとんどがセットプレーだが、これを生み出しているのが、セカンドボールを拾ってからのショートカウンターの質の高さと言っていい。カウンターが速いからこそ、相手はファウルでしか止めることができない。ゆえにセットプレーが増えるからこそ、ゴールも生まれる。鵬翔のセットプレーでのゴールラッシュは、まさに必然的に生まれたものであった。

勝つために別の戦い方を選んだ京都橘

 一方、京都橘は小屋松知哉と仙頭啓矢の2トップという強烈な個ばかりが目を引くが、周りを固める選手たちの質も高い。「僕らはいかに2トップが好き勝手にやれるかを大事にしている。それをどこまでサポートできるかを意識している」と、ボランチの宮吉悠太が語ったように、流動的に動く2トップに対し、中野克哉と伊藤大起の両サイドハーフが、ワイドに張り出さずに、中央に絞る。

 守備面では宮吉がアンカー気味に残り、林大樹と橋本夏樹の両センターバックと連動して、組織的なゾーンディフェンスを形成する。最後は今大会で一気に注目の存在となった2年生GK永井建成が、安定したセーブでゴールに鍵をかける。

 本来、京都橘はポゼッションスタイルのチームだった。プリンスリーグ関西を見る限り、今年に限らず、一昨年からその質も高いものがあった。しかし、今大会に向けて、米澤一成監督は、「プリンスリーグなどのリーグ戦は、自分たちのいいところを出して戦えるし、自分たちのサッカーを出そうとできる。しかし、トーナメントは『負けてはいけない』という意識がある。いかに双方のいい部分を併用できるか。その中で、やっぱり守備は大事。体格的な差があるので、ボールを中心にした守備をして、セカンドボールを拾って攻守の切り替えを早くするサッカー」の強化を選択。つまり、中盤をコンパクトにして、ショートパスをつなぐリスクのあるサッカーではなく、2トップの能力を全員が支える、バランスと効率性の優れたサッカーを選択したのだった。

 これは決して弱気の選択ではない。あくまでトーナメントを勝ち抜くための手段であり、全体でボールを保持できるチームだからこそ、方向性を修正しただけで、その質を落とすことなく、シンプルなことをシンプルに実行し、決勝まで駆け上がって来ることができたのだ。

質の高い“矛と盾”の攻防が随所に見られた

 そして、迎えた決勝戦。両チームの持ち味が色濃く出たが、自分たちのカラーをより出せたのは、鵬翔だった。京都橘はセカンドボールの拾い合いで、劣勢に立たされ「鵬翔は真ん中に人数が多くて、セカンドボールを拾えなかったのが苦しかった」(宮吉)と、鵬翔のカウンターをモロに受けたことが、2失点に繋がってしまった。しっかりと崩し切って点を取った京都橘の組織力、2トップの破壊力はさすがだったが、結果はPK戦の末に涙をのみ、鵬翔に凱歌が上がった。

 鵬翔の初優勝で幕を閉じた今大会。質の高い“矛と盾”の攻防が、随所に見られた大会だった。その中で、鵬翔と京都橘における矛と盾の質は、非常に高かった。あらためて言うが、これは単純に攻める矛と守る盾という、対極的な図式ではない。質の高い盾から生まれる矛。その矛の出し合いを制してきたのが、両チームだったということだ。

 ポゼッション志向の流れの中で生まれた強じんな矛と盾。それが真っ向からぶつかった決勝戦の2−2というスコアは、ある意味、必然の結果であったかもしれない。

<了>

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著者プロフィール

1978年2月9日生まれ、岐阜県出身。5年半勤めていた銀行を辞め単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は35を超える。2013年5月から2014年5月まで週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!』を1年連載。2015年12月からNumberWebで『ユース教授のサッカージャーナル』を連載中。他多数媒体に寄稿し、全国の高校、大学で年10回近くの講演活動も行っている。本の著作・共同制作は12作、代表作は『走り続ける才能たち』(実業之日本社)、『15歳』、『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、『ムサシと武蔵』、『ドーハの歓喜』(4作とも徳間書店)。東海学生サッカーリーグ2部の名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター

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