UAE移籍の森本貴幸は復活できるのか=かつて将来を嘱望された男が挑む再起への道

神尾光臣

決め手となったゼンガの存在

かつてカターニアで指揮を執っていたゼンガ監督(写真)は森本のスタイルを熟知する。UAEで復活を遂げれば、再びトップリーグへの道は開けてくるはずだ 【Getty Images】

 最悪なら1月以降も飼い殺しになるのではという懸念が過った矢先、セルジョ・ガスパリンGM(ゼネラルマネジャー)が突然沈黙を破った。「われわれは海外の1クラブと交渉中である。選手本人が納得すれば近日中にも移籍が決まる」。これが、UAEのアル・ナスルだったのである。ここにはカターニアやノバラでチームメートだったジュセッペ・マスカーラ、そして2008−09シーズンにカターニアを指揮したワルテル・ゼンガ監督がいた。彼をもっとも使いこなしていた指揮官だった。

 インテルやイタリア代表のGKとしての姿が有名だが、監督としても優秀である。固定観念にとらわれず、選手との対話を重視し、モチベーションをたき付けるのもうまい。戦術はシンプルながら、選手の力をうまく引き出して戦うタイプの指導者だった。

 森本のことも、大事に育てていた。FKレッドスター時代、鈴木隆行を指導し「練習から全力で取り組む彼のプロフェッショナリズムは本当に素晴らしかった」と真顔で語ったゼンガは、「日本人の素晴らしさは勤勉なこと」と当時の森本にも同じ精神を見いだしていた。そこから、当時20歳の彼をいっぱしの戦力に育てた。出場機会を得させるため1度はセリエBへの期限付き移籍も提案するが、08年12月のローマ戦で彼が2ゴールを挙げれば、不動のスタメンに据える。同シーズン、森本は24試合出場で7得点。2トップの一角としてひたすらDFの裏を狙わせるなど、戦術も彼のやりやすいように組ませていた。

 その後、シニシャ・ミハイロビッチやマルコ・ジャンパオロらが監督をした時代に森本は出場機会を大きく減らすが、「マキシ・ロペスはすごいとはいえ、森本があまり試合に出られていない状況は残念だ」と地元メディアに堂々と語るくらい、思い入れを残してくれていた。オファーを出したアル・ナスルにとっても、またそれを受けた森本にとっても、今回の移籍でゼンガの存在が大きな決め手となったことは、想像に難くない。

かつての爆発力を取り戻せば再びチャンスも

 そして純粋に出場機会の増加だけを考えるならば、これはもっとも恵まれた環境であるかもしれない。セリエAでの6年半を経て森本は、DF裏のスペースを突いてボックス内で勝負するストライカーとしてプレースタイルを特化させている。森本の起用には、まずそれを理解しないことには難しい。仮にJリーグに復帰したとしても、FWに勤勉な守備やサポートなど戦術的な動きを多く求めるチームでは、かえって邪魔になったかもしれない。

 森本の仕事とはゴール、またはそれに直結するプレーだ。ゴールが出ない時は我慢して試合に出すしかないのだが、結果が最優先されるイタリアで使いつつ復調させることは、前述のとおりもはや困難だった。自分をよく理解してくれている恩師の元でやり直すことができるのは、落ち着いてトップフォームを取り戻すチャンスにほかならない。もちろん、そのチャンスを生かすも殺すも、最終的には彼の努力次第だ。

 アル・ナスルとの契約は買い取りオプション付きの期限付き。13年6月で期限切れを迎えるが、基本的には買い取りを前提とすることでカターニアは合意している。少なくともカターニアで残された退路は、もうないと考えるのが自然だろう。だが、森本がかつての爆発力をここで取り戻せば、トップリーグへの道が再び開けることだってあり得るのだ。現に昨年アル・ナスルに所属し、今季フィオレンティーナと再契約したルカ・トーニは、「今さら何もできないだろう」という下馬評を覆しそこそこ活躍している。リーグのレベルは未知数だが、フォームを取り戻すことはUAEでも可能なことの証明だ。

 森本の復活と、欧州の目を再び向けさせるゴールラッシュに期待したい。彼が一番キレていた時代を現地で見ていた者として、それは不可能ではないと信じている。

<了>

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著者プロフィール

1973年9月28日、福岡県生まれ。東京外国語大学外国語イタリア語学科卒。97年の留学中にイタリアサッカーの熱狂に巻き込まれ、その後ミラノで就職先を見つけるも頭の中は常にカルチョという生活を送り、2003年から本格的に取材活動を開始。現在はミラノ近郊のサロンノを拠点とし、セリエA、欧州サッカーをウオッチする。『Footballista』『超ワールドサッカー』『週刊サッカーダイジェスト』等に執筆・寄稿。まれに地元メディアからも仕事を請負い、08年5月にはカターニア地元紙『ラ・シチリア』の依頼でU−23日本代表のトゥーロン合宿を取材した。

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