体罰問題から考える指導者に求められる素養=サッカー界における育成現場の変革

小澤一郎

キッカー全員が同じコースを狙った星稜はPK戦で敗退。河崎監督は自身の力のなさを敗因として挙げた 【写真は共同】

 大阪の高校生が体罰を受けた翌日に自殺した問題は、連日テレビや新聞を中心に大きく報じられている。しかし、個人的には誰もが理解しているような「体罰はいけない」、「体罰はやめよう」という言葉を盛んに発することにさほど大きな意味はないと感じるし、1人の教師の体罰によって部活動そのものが休止となったり、体育科入試の中止を求めていくことはある意味で日本的な「オーバーリアクション」ではないかと考える。

 今回はあくまで筆者が活動の場としているサッカー界における育成年代のサッカー指導という切り口に偏ってはしまうが、すでに変革や改善の兆しが見える指導現場の実情、トレンドについて見ていきながら、最終的に日本のスポーツ指導における悪しき風習(体罰や非科学的な根性論など)にメスを入れるための解決策について考えてみたい。

全員が左上のコースを狙い続ける

 1月12日に行われた高校サッカー選手権の準決勝で鵬翔にPK戦の末敗れた星稜の河崎護監督は、試合後の記者会見でキッカーが全員左上のコースを狙った点についてこう説明した。「キッカーが全員右利きで、右足で強く蹴って狙えるのが左上です。PKの練習では、あらかじめGKに蹴る方向を申告し、さらにキーパーの初期位置を蹴る側に30センチ移動させ、その上で決めることのできるキックを蹴るというトレーニングを積んでいます。左上は指示ではなく、強く蹴ることを意識させて必然的に起こったことです。ただ、相手キーパーは読んでいました。今日の敗戦は監督の力のなさだと思います」

 高校サッカーにとっての聖地・国立競技場で2万人近い観客が見つめる中、星稜の選手たちはPK練習で培った正確なキック技術と相手GKにコースを読まれても動じないメンタルを持って左上のコースを狙い続けた。3人目まではそれがうまくいく形で成功したのだが、大会屈指のGKの1人、鵬翔のGK浅田卓人がその狙いに気づき、完全にコースを消すようになると4人目以降、次々と3選手が外し星稜は敗れてしまった。

 日本代表のMF本田圭佑(CSKAモスクワ)を筆頭に日本を背負って立つプロ選手を継続的に輩出する高校サッカー界の名将たる河崎監督が口にした「監督の力のなさ」について私自身は、「寸分の狂いもないキック精度を身に付けさせたい」ではなく、「相手に勝つ駆け引きや判断力を身に付けさせたい」という意味だと解釈した。簡潔に言うなら、いくら練習で積み上げたものがあったとしても、相手GKが「左上」と事前予測している状況であれば、その逆を突く右のコースに蹴り込み、勝負に勝つ駆け引き、判断力のことだ。サッカーというスポーツ、競技の本質を知り尽くす河崎監督だからこそ、「力のなさ」は「技術指導不足」ではなく、むしろ「オーバーティーチング(教えすぎ)」のことを指していたのではないか。

主役は選手、指導者はファシリテーター

 サッカーというスポーツ自体が選手の自主性と判断力を求められる団体ボール競技であるため、サッカーの育成現場においても「指導者に言われたことをやる」選手ではなく、「自発的に考え、動ける」選手の育成が求められている。部活動という枠組みの中の大会である選手権でも、失点した直後にベンチにいる監督を見て指示待ちの姿勢を見せるチームより、選手たちが自発的に円陣を組んで、今ある状況を解決していく姿勢を見せるチームの方が目立つようになってきた。繰り返しにはなるが、サッカーというスポーツ自体に「選手が自ら考え、実行し、責任を取る」という行動様式が内在されるため、高校サッカーという舞台においても指示待ちではない自主的な選手、チームが躍進するようになりつつある。

「主役は選手であることを理解し、選手の持っている能力を最大限生かす“ファシリテーター”であること」

 育成大国スペインの中でも屈指の育成機関を持つアスレティック・ビルバオの育成コーチ、ランデル・エルナンデス氏は『優秀なコーチ』をこう定義付ける。

 今冬、日本全国でクリニックや講習会を開いた彼が強調していたのは、指導者が発するメッセージの質。中でも選手がミスを犯した時などは、「何でそんなミスをするんだ」と問題を指摘するのではなく、「どうすればそのミスを防げたと思う?」という形で解決策を選手に考えさせる発問型のメッセージの重要性について説いていた。

1/2ページ

著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント