ひとつの体にふたつの心=シリーズ東京ヴェルディ(8)

海江田哲朗

徳島で行われたスタジアム学園祭

徳島に敗れ、プレーオフ出場権が遠のいた東京V(写真は第39節のもの) 【写真:築田純/アフロスポーツ】

 緑の芝生に映える、純白のウエディングドレス。照れ笑いの新郎新婦がタッチライン際に立ち、その様子を大勢の人々が見守っている。スタジアムで結婚式を挙げるカップルがいるらしいと話には聞いたことがあったが、実際その場に居合わせるのは初めてだった。

 10月28日、鳴門・大塚スポーツパークポカリスエットスタジアム。この日、徳島ヴォルティスのホームゲームに合わせ、地元の大学生や高校生が企画プロデュースした「スタジアム学園祭」が行われた。結婚式はイベントの目玉だ。高校生がベールガールを務め、部活のブラスバンドが祝祭の曲を奏でる。手作り感、満載だ。無論、わたしはふたりの馴れ初めを知らない。スタジアムで挙式するのだから、よほどのファンなのだろう。

「選手からビデオメッセージが届いています。皆さま、大型ビジョンをご覧ください!」とアナウンスされ、津田知宏が画面に登場した。第39節までに8得点をマークする徳島のトップスコアラーだ。

「ご結婚、おめでとうございます。いつもチームを応援してくれるおふたりのために、今日は僕のゴールと勝利でお祝いしたいと思います」

 門出の日に捧げるゴールと勝利。いかにもできすぎた筋書きだ。えてして、こういったことは思惑をそれ、着地が決まらないものである。新郎新婦には同じサッカー好きのよしみで拍手を送るけれど、それとこれとは話が別だ。徳島まで来て、そんなおめでたいものを見せられたらたまったものではない。

 第40節、徳島と東京ヴェルディの一戦は、後者に有利な条件がそろっていた。まず、徳島は台風で順延となっていた第36節の京都サンガF.C.戦が25日にあり、中2日のゲームだったこと。また、7位の東京Vに対し、15位の徳島は昇格や降格とは無関係なポジションにいる。モチベーションの差は否めない。東京Vが第18節のガイナーレ鳥取戦以来、アウエーの勝ち星から遠ざかっている点は不安材料だったが、アドバンテージを打ち消すほどではないと思えた。

攻撃に向かなかったベクトル

 ところが、開始から主導権を握ったのは徳島だった。東京Vは相手のプレッシングをまともに受け、パスミスを連発。ボールを前に運ぶことすらままならない。そして、最初の失点はミスから生まれた。14分、徳島のCK。ニアサイドでクリアしようとした森勇介が頭でわずかに触れ、背後でキックモーションに入っていた深津康太の右足をかすめてゴールイン。さらに38分、東京Vは中央を割られ、2点目を許した。ゴールを決めたのが津田だとわかった瞬間、先ほど見た新郎新婦のはじけるような笑顔が脳裏をよぎる。まさかの有言実行に、頭がくらくらした。

 前半、東京Vの戦い方はマナーモードだった。過失を恐れる慎重さが、相手に付け入るすきを与えた。1試合も落とせない覚悟で臨み、気持ちは入っていたに違いないが、ベクトルが攻撃に向かなかった。数々の決定機を防ぎ、最後尾から声を枯らした土肥洋一はこう語る。

「安全策を取ったのか、外にばかりボールが行き、中で受ける人がいない。それでイージーミスからカウンターを食らう。ボールを失った瞬間の切り替えも遅かった」

 後半、東京Vは反撃に出る。相手の3バックに合わせ、右から中島翔哉、阿部拓馬、西紀寛の3トップに変更。ボランチは佐伯直哉に代え、展開力に長ける中後雅喜を投入した。マンツーマンの形で1対1の局面が増えた効果はてきめんに表れる。66分、中島が右サイドをえぐり、中央にラストパス。ファーサイドに詰めた深津がゴールに押し込み、1点を返すことに成功した。

 だが、そこから東京Vはスコアを動かせなかった。一方的に攻め立て、いくつかの好機を逃し、最後は徳島の守りに屈した。

「試合の入り方が悪すぎた。どうしてもアウエーの試合では前半が良くない。後半、メンバーとシステムを変えて盛り返しましたが、あと1点が取れなかった。残り2試合、可能性がある限り全力でやるだけです」と敗戦を振り返った高橋真一郎監督。徳島の2点目、サイドから中央にパスを入れ、ワンタッチでゴールに迫る形は、最も警戒すべき攻撃パターンとして練習で対策を重ねていただけに、なおさら悔しさがつのる。

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著者プロフィール

1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディを中心に、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『週刊サッカーダイジェスト』『サッカー批評』『Soccer KOZO』のほか、東京ローカルのサッカー情報を伝える『東京偉蹴』など。著書に、東京ヴェルディの育成組織にフォーカスしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)がある。

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