ひとつの体にふたつの心=シリーズ東京ヴェルディ(8)

海江田哲朗

チームを支えてきたベテランの復帰

得点を量産する阿部。シーズン終盤に入り、コンディション面の重要性は増してくる(写真は第39節のもの) 【写真:築田純/アフロスポーツ】

 わたしはある選手の動きを注視していた。およそ1年のリハビリをへて、復帰したばかりの佐伯である。10月10日の天皇杯3回戦、清水エスパルス戦に先発出場し、第39節の栃木SC戦では途中出場。この2試合で健在ぶりを示し、徳島戦ではスタメンで起用された。

 佐伯はバランス感覚に優れ、守備の勘所を知る才人だ。だが、この試合では判断が裏目に出るケースが多く、苦境を打開するために前に出れば最終ラインとのギャップを突かれ、ポジションを下げれば前のスペースを使われた。チームの重心が後ろに傾く要因のひとつとなり、前半で交代を命じられている。34歳のベテランだからといって、感情のひだが鈍くなっているわけではない。痛みはそれ相応にある。

 佐伯は誰よりも早くクラブハウスに来て、治療やケアに時間を費やしてきた。練習開始の2時間前には姿を見せ、まずは風呂に入り、次に高周波治療器で患部を中から温める。トレーナーに体をほぐしてもらい、ストレッチや筋トレなどのメニューを消化する。その生活は試合に出場してもしなくても変わらない。

「今の生活が当たり前になったのは、2008年に左ひざを負傷してからですね。外側の半月板を取り、人一倍神経を使うようになった。毎日のことだからストレスがたまるし、正直面倒に思うこともありますが、リハビリをやらなければおしまいなんです。年齢的に引退に直結しますから。自分は何をしたいんだ? と問いかければ、サッカーがしたいと答えが返ってくる。だったら、やるしかない」

 変形性関節症。クッションの役目を果たす軟骨や半月板が長期間に少しずつすり減り、あるいは故障によって変形することで引き起こされる。この1年のブランクは、それまでの2年間、チームを懸命に支え続けてきた代償だ。

「かつて自分ができていたことができなくなっているのは確かです。バーンッとぶつかってボールを取るのが得意だったけど、そういった強さはない。アジリティも物足りなく感じる。でも、今の状態を認めるしかないんです。けがを言い訳にはできない。試合に出るからには、足りない部分をほかでカバーしつつ、これが現状のベストだと思ってやる。ふだんから若い選手には、ひざには気をつけろよと言っています。まあ、避けようとして避けられるものでもないんですけどね。とにかく、今はチームが勝つことだけ。いかにして勝利をつかむか。それだけを考えています」

プレイヤーズ・ファーストの精神

 リハビリは小石をひとつずつ積み上げていくような作業だ。崩れてしまえば一からやり直しとなるため、細心の注意が求められる。佐伯と二人三脚で復帰に向けて取り組んできたトレーナーを、吉崎正嗣という。吉崎は鹿島アントラーズでのトレーナー見習いからキャリアを歩み始め、女子バレーの日立リヴァーレ、ザスパ草津を経て、2011年から東京Vのスタッフの一員となった。今年からチーフとして主導する立場にある。

「自分が過去に見てきた選手の中では、群を抜いて難しい仕事でした。通常、復帰の予定を立て、リハビリのメニューを組むのですが、サエ(佐伯)さんの場合はそのメドすら立てられない。少しずつ負荷を強め、筋肉で補強し、グラウンドでの動きを見ながら状態を探っていく。その繰り返しです。それでも必ず道筋をつけ、ピッチに戻すんだ、と」

 東京VがJ1有数の運営規模だった時代、トレーナーは4人体制で仕事にあたっていたが、現在は吉崎と渡邉健太の2人しかない。よって、単純計算で2倍の仕事量をこなしている。スタッフの待遇は下がり、勝利給の制度もなくなって久しい。にもかかわらず吉崎は「事前に相談さえしてもらえれば、どんな要望にも応える」と選手に約束し、昼夜を問わず対応している。そこにあるのはプレイヤーズ・ファーストの精神だ。以前仕事をしたチームで、効率性を重視するあまりマニュアル化されたトレーナー業に、反発とやるせなさを覚えたことも大きく影響している。

「サエさんが天皇杯のピッチに立ったときは、それはもうれしかったですよ。たぶん僕らの仕事でしか味わえない達成感だと思います。元気な姿で活躍してほしいと思う一方、どうか無事に帰ってきてもらいたいという気持ちもあって」

 吉崎は佐伯のひざから痛みが完全に消えることはないと知っている。あと一歩、足が前に出ない理由もおおよそ見当がつく。佐伯がそれを言い訳にしない人であることもわかっている。戦友はピッチの外からじっと見守り、何かあれば一目散に駆けつける準備を整えている。

「その日の状態は朝の表情でだいたいわかりますね。暗い顔をしているときは、決まってひざの調子が良くない。年上の方ですし、言い方や態度に遠慮もないので、ちょっと怖いときもあります(笑)。でも、どこまでも付き合い離れない。それが僕の仕事ですから」

 シーズンが大詰めに差しかかり、両トレーナーの大車輪の働きは続く。

 さて、東京Vは徳島に敗れた結果、順位は7位のままだが、自動昇格の望みは消え、プレーオフ出場圏である6位ジェフ千葉との勝ち点差が3(得失点差−4)に開いた。たとえ2連勝してもプレーオフは約束されていない。11月4日、味の素スタジアムで行われる5位横浜FCとの直接対決に勝ち、最終節に望みをつなぎたい構えだ。

 今季のJ2はすでに優勝を決めているヴァンフォーレ甲府を除き、ここまで接戦が続いているため、このまますんなりとは終わらない。

<了>

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著者プロフィール

1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディを中心に、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『週刊サッカーダイジェスト』『サッカー批評』『Soccer KOZO』のほか、東京ローカルのサッカー情報を伝える『東京偉蹴』など。著書に、東京ヴェルディの育成組織にフォーカスしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)がある。

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