サンドニでの勝利は「奇跡」ではない=宇都宮徹壱の日本代表欧州遠征日記(10月12日)

宇都宮徹壱

パリの空模様と11年前の記憶

サンドニのスタジアム前でフランス国旗を振る少年。彼は11年前の「惨劇」を知る由もないだろう 【宇都宮徹壱】

 フランス戦当日。現地を訪れて初めて、青空が顔をのぞかせていた。もっとも、この時期のパリの天気は変わりやすい。会場に向かうべくホテルを後にすると、いきなりパラパラと小雨が降ってきた。結局、キックオフとなる21時は、やや激しい雨がピッチ上に降り注ぐこととなる。サンドニ(スタッド・ドゥ・フランス)でのフランス戦は、11年前の対戦と同様、雨模様の中で行われることとなった。

 日本が最後にフランスと対戦したのは、2003年6月20日にサンテティエンヌで開催されたコンフェデレーションズカップである(結果は1−2)。だが、多くの日本のサッカーファンにとって、より鮮明に記憶されているのはその2年前、01年3月24の「サンドニの惨劇」であろう。試合前日、動画サイトで11年前の屈辱的な試合をダイジェストで見返してみた。実はこの試合を、私はリアルタイムで見ていない。当時はまだ、日本代表の取材を始めておらず、東欧のどこかの街でスコアのみを知ったように記憶する。ゆえにあらめて見返してみると、思っていた以上に新鮮な驚きにあふれていた。

 試合の流れは、こんな感じだ。開始早々、松田直樹がピレスをペナルティーエリア内で倒してしまい、いきなりPKを献上。これをジダンが楽々と決めて9分でフランスが先制する。さらに14分には、右サイドでピレスからのスルーパスを受けたアンリがシュート。ボールはGK楢崎正剛の脇を抜けて、そのままゴールインとなった。0−2で折り返した後半もフランスのペース。後半11分にはビルトールが、18分と24分にはトレゼゲが連続ゴールを決めて、日韓ワールドカップ(W杯)を1年後に控えたホスト国を完膚なきまでにたたきのめす。日本は、中田英寿が再三にわたり惜しいシュートを放った以外、ほとんどなすすべなく0−5という大差で敗れてしまった。

 得点経過は何となく覚えていたのだが、意外だったのが当時の日本のメンバーである。中盤には名波浩がいて、前線には城彰二が途中出場していたのには驚かされた。この時点では、まだ1998年フランスW杯の名残りが色濃かった日本代表だが、続くスペイン戦(0−1)を終えて帰国すると、当時のトルシエ監督はメンバーの入れ替えを決断。名波も城も、このヨーロッパ遠征を最後に代表に呼ばれることはなかった。もし、今回のフランス戦で「サンドニの惨劇」が繰り返されることになれば、ザッケローニ監督の日本代表もまた、抜本的な改革に迫られる可能性は十分にあっただろう。

11年前と何が違っていたのか?

この日のパリは、晴れたかと思ったらいきなり雨が降る不安定な天候。11年前の記憶が脳裏をよぎる 【宇都宮徹壱】

 だが、結果はご存じの通り、後半43分の香川真司の決勝ゴールによって、日本はフランスに見事なアップセットを果たした。日本とフランスの国際Aマッチは、これが6試合目。過去5試合は、日本のホームが2試合、アウエーが2試合、中立地(モロッコ)が1試合だったが、いずれも勝利を収めることはかなわなかった。その意味で、この日の勝利が(試合内容はともかく)「歴史的勝利」と位置付けることには、何ら異論を挟む余地はないだろう。とはいえ、試合終了直後の興奮と熱気が収まった今だからこそ、日本のさらなる成長を促す意味でも、この勝利の意味するところを吟味すべきではないか。

 果たして日本は、この11年の間にフランスを凌駕(りょうが)する成長を遂げたと言えるのであろうか? ここで、大前提として考慮すべきは「01年のフランスと12年のフランスは、まったく別のチームである」という、当たり前すぎる事実である。01年3月当時のFIFA(国際サッカー連盟)ランキングによれば、フランスは2位、日本ははるか下の42位であった。現在は13位と23位だから、ランキングの変遷を見ても、両者の力の差がかなり縮まっていたことが容易に理解できよう。

 さらに、11年前のフランスと言えば、98年のW杯と00年のユーロ(欧州選手権)という2つのビッグタイトルを獲得したばかりで、まさに向かうところ敵なしという状況。このサンドニの試合でも、ジダンを筆頭に、アンリ、ピレス、トレゼゲ、ビエラ、デサイー、リザラズといったビッグネームがスタメンに名を連ねていた。対する日本はというと、海外組は中田(ローマ)と西澤明訓(エスパニョル)のみ。ただし、どちらも所属クラブでは常時出場していたわけではなかった。もちろん、中田がこの試合で見せたパフォーマンスは群を抜いていたが、換言するなら、当時の日本は「中田以外に世界に通用する選手は、ほぼ皆無」という状況だったのである。

 あれから11年が経過し、現在の日本代表が欧州組主流となっているのは周知の通り。しかも、マンチェスター・ユナイテッドやインテルといった、世界に名だたるビッグクラブで主力を張る人材を輩出するまでになっている。また、2年前の南アフリカW杯ではベスト16となり、昨年のアジアカップでも優勝を果たすなど、代表の成長ぶりも目を見張るばかりだ。対するフランスはといえば、南アフリカW杯はグループリーグ敗退、今年のユーロはベスト8止まりに終わり、今はデシャン新監督の下でチームの再構築に着手したばかり。チームのバイオリズムという見地からすれば、「着実に成長を続ける日本」と「底を打ったばかりのフランス」という構図は明らかであった。

1/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント