サンドニでの勝利は「奇跡」ではない=宇都宮徹壱の日本代表欧州遠征日記(10月12日)

宇都宮徹壱

日本が勝利した3つのポイント

キックオフ前の日本の選手紹介。香川真司の名前は当地でも有名でフランス人からも拍手が起こった 【宇都宮徹壱】

 そうした背景を考慮すれば、日本がフランスを打ち負かす可能性は、試合前から少なからずあったことは十分に理解できよう。その上で、日本がこの試合で勝利したポイントを3点、挙げておきたい。

 ポイントその1は、試合開始から20分間のフランスの猛攻をしのいで、前半を失点ゼロで乗り切ったことである。試合後の会見でザッケローニ監督が「わたしが望んだような試合の入り方ができなかった」と語っていた通り、序盤の日本は相手の高さとスピードに圧倒されて守勢に回る時間帯が続いた。相手のCKの場面では、メネスの精度のあるキックに長身DFのサコが高い打点で反応していたし、左ウイングで起用されたベンゼマも際どいシュートを何度となく放っていた。それでも、4カ月ぶりにコンビを組んだ今野泰幸と吉田麻也のセンタ―バックは、しっかり体を当てて相手に完ぺきな体勢でシュートを打たせなかった。また、たとえシュートを打たれても、最後は頼れる守護神・川島永嗣が立ちはだかる。個人的には川島こそが、この日のMVPだったと考える。

 ポイントその2は、フランスが「バランスを崩した」(ザッケローニ監督)ことである。彼らにとって、この日本戦の位置付けは16日のスペインとのW杯予選に向けたレッスンであった。代表での出場経験が少ない選手を試したいし、逆に主力の選手は90分フルでは使いたくない。フランスのデシャン監督は、前日会見で6枚の交代カードを有効に使い、できるだけ多くの選手を試したいという主旨の発言をしており、実際にその通りのベンチワークを見せていた。だが、そうしたチーム事情の制約と、なかなか先制点が奪えない焦りとが絡み合い、すべての交代枠を使い切った後半30分以降は、必要以上に前がかりな体勢になっていた。当然ながら、ディフェンスラインの後方には、広大なスペースが生まれる。そこを日本のベンチは見逃さなかった。

 そして、ポイントその3である。後半41分、ザッケローニは1トップのハーフナー・マイクと酒井宏樹を下げ、高橋秀人と内田篤人を投入。いずれもディフェンシブな選手なので、前線の陣容はどうなるかと思ったら、香川、清武弘嗣、乾貴士(後半17分に中村憲剛と交代)の2列目の3人が、そのまま前線にスライド。指揮官いわく「フランスの後ろの方でスペースができていたので、そこにスピードに特徴のある選手を前に配置した」。かくして、乾坤一擲(けんこんいってき)のカウンターモードが完成する。そして後半43分、フランスのCKからの猛攻をしのいだ日本は、今野が自らドリブルで攻め上がり、定位置とは逆の右に展開していた長友にパス。長友がダイレクトで折り返すと、中央で香川が倒れ込みながら右足でフランスのゴールネットを揺さぶる。まさに、後世に語り継がれるであろう香川の決勝ゴールにより、日本はフランスに歴史的な初勝利を飾ると共に、11年前の「サンドニの惨劇」を見事に払しょくしてみせたのである。

快挙は喜びつつも、ここが終着駅ではない

何度もチャンスを作るものの先制点を奪えず、憂さ晴らしに発煙筒を炊くフランスのサポーターたち 【宇都宮徹壱】

 試合終了後、サンドニのスタンドからは容赦ないブーイングがピッチ上に浴びせられた。格上の相手に敵地で勝利し、これほど心地よいブーイングを耳にするのは、いつ以来のことであろうか。考えてみれば、アウエーでの国際親善試合自体、なかなか得難い機会であり、ましてや欧州の格上と対戦するのも極めてまれであった。しかもフランスは、世界に8カ国しかないW杯優勝国の1つである。近年、低迷期から脱したばかりとはいえ、そのような伝統国にアウエーの地で勝利したことは、日本サッカー界にとってまさに初の快挙であり、その点については大いに誇ってよいだろう。

 ただし前述した通り、日本が敵地でフランスを破ったという事実は、決して「奇跡」と呼ぶべきものではなく、むしろさまざまな周辺事情を勘案するなら、最初から少なからぬ可能性があったことは留意すべきである。むしろ、前半にこれだけ相手に押し込まれたことは今後の課題とすべきだろうし、今のうちから世界標準の戦いをチームとして意識することも重要である。その意味で、この日のザッケローニのさい配がデシャンのそれとは異なり、あくまで引き分け以上の結果を目指したものであったこと、そしてその意気に選手がしっかり応えたことを、私は高く評価したいと思う。

 日本は一夜明けた13日の午前、パリ近郊で調整を行ってから、16日のブラジル戦が行われるポーランドのヴロツワフに移動する。私もこの原稿を書き終えたら、次の目的地に移動する準備を始めることにしたい。本音を言えば、もうしばらく甘美な勝利の余韻に浸りたいところだが、欧州遠征のスケジュールはようやく折り返し点を過ぎたばかりである。いみじくも川島は、試合後のミックスゾーンでも相好を崩すことなく、このように語っていたという。「自分たちの中でここは終着駅ではないし、W杯のようなテンションが高い試合の中で、自分たちがどういう結果を出せるかが大事だと思う」。その心意気やよし。サンドニで得た自信と課題を、さらに意義のあるものとするためにも、4日後のブラジル戦では、より高いレベルでの内容を伴った戦いを期待したい。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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