香川真司の原点、物語は宮城から始まった=「香川を語る!!」 FCみやぎバルセロナ時代

安藤隆人

環境が伸ばしたプレーと意識

長所を伸ばすクラブの方針の下、伸び伸びとプレーし、その才能に磨きをかけた。やがてJリーグのクラブからオファーを受けることに 【Getty Images】

「当時、クラブを立ち上げて4年目でした。1〜3期生と続けて全国大会に出ていたので、全国に近づけるチームと目標を持っていた。モットーは一人ひとりの個性がある中で、背が小さいけど、すばしっこい。シュートがうまい、体が強いというストロングポイントを伸ばすことを意識しました。ドリブルも『持ちすぎだ』と言われると、選手たちは委縮してしまう。逆に言えば、それだけボールを持てるというストロングポイントに変わるんです。持ちすぎるくらい、ボールを持てるのは大きい。良いものはいい。ストロングポイントを伸ばしてあげる環境作りを意識しました」

 日下はチームの方針をこう説明してくれた。中学卒業時、香川は迷わずFCみやぎバルセロナのユースチームへ進むことを決め、伸び伸びとプレーすることで自分のストロングポイントを伸ばし、さらにその才能に磨きをかけた。

「当時、チーム全体が個で打開していけるチームを作っていた中で、真司はファーストタッチがうまく、ボールの最初の置きどころが本当に絶妙だった。足元なのか、1メートル先か、5メートル先か。チャンスのところにボールを置く技術は本当に優れていました。派手なフェイントではないけど、相手の動きを見て常に逆を取っていた。その姿はジダンっぽかったですね(笑)」

 周囲の環境も大きく影響し、香川はサッカーを心から楽しんでいた。

「いくらドリブルに特化していると言っても、わがままなプレーを許さない雰囲気でした。みんなまじめで、目標達成のために一丸となれたチームだった。真司だけでなく、みんなが1対1で勝てないといけない。その意識が高くて、それをした上で試合に勝つ。教え込むのではなく、自分たちで考えて課題を修正するようにしていました。自主練を推奨していましたし、2時間の練習の後に真司をはじめ、みんなが自主練をやっていました」

 その中で香川はGKのロングキックを受けてから、一気にドリブルで仕掛けてシュートを打ったり、状況をイメージしながらドリブルを繰り返したりと、常にボールに触れながら、イマジネーションとスキルを自主練習でさらに磨いていた。寮の中でははだしで廊下をドリブルしたりしていた。

 こうしたサッカー漬けの日々を送る中で、徐々に外部からの刺激が入り、さらに高い意識を持つようになる。

「代表に選ばれて合宿に行ったり、自分たちのレベルより上の環境に接したりすると、もっと上を目指そうという意識がそこから帰ってくるたびに強くなっていた。そして徐々にいろんな人に見てもらえるようになった。すると真司ももっとやろう、もっとやろうという意識が加速し、プレーのスピードだけでなく、意識のスピードも上がっていきましたね」

そして舞台はJリーグへ

 2005年9月の仙台カップ国際ユースサッカー大会は、まさに香川真司の大会であった。U−18東北選抜の一員として出場した香川は、この大会でずば抜けた存在感を放った。クロアチア、ブラジルを相手に技術で対等に渡り合うと、最終戦のU−18日本代表戦では、内田篤人、吉田麻也、槙野智章、安田理大が並ぶディフェンスラインに対し、ドリブルと多彩なパスで翻ろう。5−2の圧勝劇の主役となった。

 ブラジルの関係者に「ブラジルに連れて帰りたい」と言わしめるほど、多くの人の目の前でその才能を見せつけた。そして、この大会を機に香川真司の存在は一気に知れ渡った。だが、徐々に騒がしくなっていく周りに対しても、香川は自分を見失わなかった。

「大体みんな自分に対して甘さがあるのに、真司は身の丈に合った自己評価をしっかりして、現実を見た中で目標を立てる。目標と現実がぶれないので、ギャップを見つけても、核心部分を見つけて思い切って飛び込んでいけるんです」

 そして、高校2年生だった香川真司の下にJリーグのクラブからオファーが届いた。

「FCみやぎは、彼の才能をもっともっと伸ばせる環境ではなかった。残ってもらえればチームの中心だけど、真司が次のステージを目指し、プロに行くのは止めてはいけない。次のステージに行かせるべきだと思った」

 こうして香川真司の成長のステージは、高校卒業を待たずして、プロの舞台に切り替わったのであった。

<了>

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著者プロフィール

1978年2月9日生まれ、岐阜県出身。5年半勤めていた銀行を辞め単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は35を超える。2013年5月から2014年5月まで週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!』を1年連載。2015年12月からNumberWebで『ユース教授のサッカージャーナル』を連載中。他多数媒体に寄稿し、全国の高校、大学で年10回近くの講演活動も行っている。本の著作・共同制作は12作、代表作は『走り続ける才能たち』(実業之日本社)、『15歳』、『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、『ムサシと武蔵』、『ドーハの歓喜』(4作とも徳間書店)。東海学生サッカーリーグ2部の名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター

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