なぜ福島千里はロンドン五輪で失速したのか=陸上
硬すぎた新スパイク、ぎっくり腰、けいれん……
6月の日本選手権で100メートル、200メートルを制し、五輪出場を決めた福島。この時から怪我やトラブルに見舞われ、会心の走りができないまま迎えた五輪だった 【Getty Images】
進化の要因の1つは、フィジカル面にある。以前から天井から吊り下げたひもにぶら下がるメニューなど、ユニークなフィジカルトレーニングをして来た福島だが、昨年の夏ごろからその幅を広げる試みをするようになっていた。普通の動きでは使わないような身体内部の細かい筋肉、いわゆるインナーマッスルをゴムなどで鍛え、体幹強化を図ってきた。
その結果として出来上がったのが畑マネジャーが指摘し、中村監督が「最高」と評した2012年ロンドンバージョンの美しいボディーであり、体幹の筋力はかなり向上した。これによって今までになく早いシーズンインでも、良い走りに結びつけることができた。
また、スパイクもまったく新しいタイプに履き替えた。一番大きな変更点は靴底(ソール)にカーボン製を採用したこと。テニスラケットなどによく使われる素材だが、陸上スパイクのソールとしてはかなり硬く、革新的なアイデアだった。メーカーが練り上げたコンセプトは、硬さを活用して接地時のブレーキング作用を減らし、レース中盤以降の減速を極力抑えようというものだった。接地時間の短い自分の走りを生かせるより硬いスパイクを求めていた福島は、すぐに履くことを決めた。
ここでまた、ところが、である。
開発したばかりのスパイクは、革新的なだけにすぐにはフィットしなかった。硬すぎて、スタートでの踏み込みが十分にできず、自然とそれに合わせた走りになってしまっていた。すぐさま硬さを落としたスパイクが用意されたが、一度違う要素の入ってしまった福島の走り方は、スパイクのように、すぐに取り替えが効くものではない。微妙に狂った動きを修正するために、遠回りを強いられた。
ほかにも5月中旬のぎっくり腰、6月の日本選手権レース中のけいれんがあった。そんなこんなが、からまった糸のように福島にまとわりつき、今シーズン一度も会心の走りができないまま、ロンドン五輪を迎えることになってしまった。
失地回復の過程でつかんだ手ごたえ
失地回復の過程で、いろいろと考えを巡らすようにもなっていた。気付いたのは「体幹に意識を向け過ぎたあまり、力が体の中心にまとまり過ぎていた。以前のようにもっと外に放出する動きをしなければない」ということだった。
第三者からすると、特徴的だった右腕の横振りが日本選手権では少なくなっているようにも見えた。「以前は腕振りや足でリズムが取れていた」という実感は、それと関係している可能性もある。
そうした気付きの結果、最終国内合宿の直前の7月中旬、練習中に良い感覚がやって来る。「すごく良いんです」。合宿中の公開取材では、「努力感なく前に進む感じがある」とも語った。
「想像」と「全然」の間にある何か
レース後に福島が語った言葉を拾うと、「想像してたよりも、全然な感じがあります」「調子も合わせて来られたと思っているけど、結果を伴わないとそうも言い切れない。あとは、レースで発揮するだけだと思っています」など。そこから浮かび上がるのは、ギリギリの時間の中で、昨季以上の走りを築き上げたはずなのに、それを現実のものにできなかったもどかしさか。
「想像」と「全然」の間にある何か。そこに、もう1つ上のステージに上がるためのヒントが隠されているかもしれない。それを見つけることが、4年後のリオデジャネイロ五輪への第一歩となる。
<了>