アリソン・フェリックス、8年越しの片思いに終止符=陸上

及川彩子

女子200メートルで優勝し、念願の個人種目金メダルを手にしたアリソン・フェリックス 【Getty Images】

 うれしさを隠せず、跳ねるようにフィニッシュラインに飛び込んだアリソン・フェリックス(米国)を見て、頬を緩めた人は多かったのではないだろうか。
 女子200メートル決勝で大差をつけてフィニッシュしたものの、自分が本当に勝てたのか不安だったのだろう。電光掲示板の一番上に名前を見つけると、小さくガッツポーズをした。

 好スタートを切ったフェリックスは、ほぼトップで直線に。そこからグングンと加速して、2位以下に大差を付け、ぶっちぎりでゴールした。優勝タイムは21秒88、2位には100メートル金メダルのシェリーアン・フレーザー・プライス(ジャマイカ)が22秒09で、100メートル2位のカメリタ・ジーター(米国)が22秒14で3位に入った。

 五輪のリレーや世界陸上で何度も勝っているにも関わらず、フェリックスは五輪個人種目で初めて手にする金メダルに喜びを隠せず、その姿には初々しさが垣間見られた。それは何年もの間、好きだった人と両思いになった時に見せる喜びのようでもあり、フェリックスはやっと8年間の片思いに終止符を打つことができた。

足りなかった五輪個人種目の金メダル

「やっと……」

 本当に長い長い8年間だった。

「オリンピックの金メダルなしで、『自分はいい陸上人生を送れた』とは言えない」

 ロンドン五輪が近づくにつれて、フェリックスは金メダルへの強い執着を言葉に出すようになった。世界陸上で200メートル3連覇をはじめ、オリンピック、世界陸上などさまざまな国際大会で多くのメダルを獲得してきたが、コレクションのうちで足りないものが一つだけあった。

 五輪の個人種目の金メダル。

 18歳で出場した2004年のアテネ五輪では、無欲で銀メダルを取り、「あのころはチームでも一番下で、何も考えないで銀メダルが取れた」と振り返る。その時、破れた相手はその後、長年の宿敵になるジャマイカのベロニカ・キャンベル・ブラウンだった。

 翌05年ヘルシンキ世界陸上、07年大阪世界陸上ではフェリックスがキャンベル・ブラウンに土を付けた。大阪世界陸上で出した21秒81は、当時21世紀最速記録となるもの。北京五輪でも優勝候補の大本命と思われていた。

「目標は金メダル」
 そういって臨んだ北京五輪では、アテネに続いて銀メダル。またもやキャンベル・ブラウンに敗れた。悔しそうな表情でフィニッシュラインに飛び込んだフェリックスは、観客席にいた両親に肩を抱かれると、こらえていたものを抑えられず、涙を流した。

「これからの4年はわがままになる」
 北京五輪の前、親友の結婚式やさまざまな五輪関係のイベントなど、頼まれればイヤな顔一つせずに参加し、そのために練習時間が削られたり、コンディショニングがうまく行かなかったこともあり、ロンドンまでは「五輪が最優先」とする生活に変えた。

 09年ベルリン世界陸上でキャンベル・ブラウンにリベンジを果たし、3連覇。10年からは元陸上選手の兄ウェスさんを代理人にして、金メダル獲得へのサポート体制を整えた。

世界陸上もロンドン五輪への布石へ

 10年ダイヤモンドリーグの試合前会見で、キャンベル・ブラウンと同席した際の言葉が印象的だった。
 2人のライバル関係やこれまでのメダル獲得の経緯を聞かれて、キャンベル・ブラウンが「調子はその年によって異なるもの。私はたまたま五輪イヤーで、アリソンは世界選手権の年に調子がいいだけよ」と言うと、フェリックスは「ベロニカがうらやましい。世界選手権でとった3つの金メダルと、ベロニカの五輪金メダル1つを交換してほしいくらい」と応じた。
 笑いながらではあったが、言葉の端々に悔しさや軽い嫉妬が入り交じっており、普段あまり感情を表に出さないフェリックスの本音が見えた瞬間だった。

 4連覇の懸った11年のテグ世界陸上では、200メートルは3位、400メートル2位と初めて金メダルを逃した。「200メートルに絞れば良かったのに」という批判も出たが、フェリックス陣営にとっては、ロンドンへの布石のひとつに過ぎなかった。ロンドンで200メートルで勝つために「スピード&持久力」を養う必要があったためだ。フェリックスは敗北から得たものが大きかったのだろう。

「200と400メートルに挑戦して良かった」
 晴ればれとした表情でテグを後にした。

 今季は「スピード強化」のために100メートルと200メートルに挑み、5月にはダイヤモンドリーグのドーハGPで100メートル10秒92の自己ベストを出すなど、好調で、全米五輪選考会では100メートル11秒07で3位(3位タイだったが、同着選手が辞退)、200メートルは21秒69の自己ベストで優勝し、五輪への切符を獲得した。 

 ロンドン五輪の100メートルではメダルには届かなかったが、10秒89の自己ベストで5位入賞。そして「マイベイビー」と呼ぶ専門の200メートルで悲願の金メダルを手にした。
 8年の片思いに終止符を打ったフェリックスは、400メートルリレー、1600メートルリレーでも米国の主軸メンバーとして出場する予定だ。個人種目の200メートルを含め、3冠獲得なるかにも注目が集まる。
 
<了>
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著者プロフィール

米国、ニューヨーク在住スポーツライター。五輪スポーツを中心に取材活動を行っている。(Twitter: @AyakoOikawa)

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