プレッシャーの中でつかみ取った価値ある銀メダル=フェンシング男子フルーレ

田中夕子

ロンドンでようやく覚醒した千田

フルーレ団体戦で日本チームをけん引する活躍を見せた千田(右) 【Getty Images】

 プレッシャーの中で戦い抜いてきたのは、太田だけではない。
 絶対エースと言うべき存在がいるからこそ、他の選手に託される責任も生まれる。特に個人戦ではなく、リザーブも含めた4対4で戦う団体戦は、まさにそれぞれの役割を果たさなければならない最たるものだ。
 追い込まれて迎えた場所で、日本を崖っぷちから救う活躍を見せたのが、太田と同じ歳で、北京に続いて二度目の出場を果たした千田健太(ネクサス)だった。

 象徴は、決勝トーナメント初戦の中国戦。3人の選手が総当たりで対する団体戦の2巡目で、千田は10−11と劣勢から世界ランク2位の中国に対して、攻めに転じた。積極的な策が序盤から奏功し、難なく逆転すると、その後も得点を重ね、気づけば1人で10点を加算。20−13と一気にリードを広げ、試合の流れを引き寄せた。

 守備型と称される千田は、これまでの試合の中では相手の攻撃を受けすぎてしまうことで、勝てる試合を落とすことも少なくなかった。その都度、オレグ・マチェイチュクコーチからは「健太は、攻める気がないのか。雄貴(太田)がいないと、点を獲れないの?」と叱責されたことも数知れず。

「雄貴にばかり頼っていたら、勝てないのは分かっているし、自分がやらなきゃいけないと分かっているんですけど……。どうしても、きっかけがつかめなくて」
 なかなか殻を破れずにいた千田が、ロンドンでようやく覚醒した。

 普段のスタイルを一変させ、積極的に攻め込む千田の姿は中国選手に戸惑いを与えただけでなく、今大会が初出場となる若手の三宅諒(慶大)にも刺激を与えた。その結果、決勝トーナメント初戦にして最難関と思われた中国を45−30と大差で下し、準決勝へ進出。
 そして、準決勝の「ラスト1秒」からの逆転劇へとつながった。

 決勝では自力に勝る世界ランク1位のイタリアに39−45で敗れ、日本フェンシング界史上初の金メダル獲得を果たすことはできなかった。
 それでも、各々が責務を果たして、つかんだ団体戦の銀メダル。
 ここに立てなかった選手たちの分も。これからを担う選手の分も。すべての力を終結させて手にした“チーム”での新たな栄誉は、フェンシング界の未来を築く大きな礎となるに違いない。

<了>

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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