寺川綾、ようやくたどり着いた舞台で見せた満面の笑み=競泳

田中夕子

8年前の消したい記憶

銅メダルを獲得した寺川。「今日が最高の日だと胸を張って言える」と笑顔をのぞかせた 【Getty Images】

 ずっと目指してきた場所に、ようやくたどり着いた喜びをかみしめる。決勝のレース前だというのに、自然と、笑みがこぼれた。

 2大会ぶりの五輪。苦難を乗り越えた、復活の舞台。
 そう言われるたび、寺川綾(ミズノ)は、何かが違う気がしていた。
「アテネは出ただけのオリンピックだから、自分の中では消したい記憶なんです。本気で記録を狙って、金メダルを獲りにいくのはこれが初めて。だから、ロンドンが私にとっては初めてのオリンピック、という感じなのかな」

 現役女子高生だった2001年、福岡で開催された世界選手権に出場し、美少女スイマーとして注目を集めた。とはいえ、寺川本人は00年のシドニー五輪選考会では4位だったにもかかわらず「『経験を積んで来い』と、オリンピックに出られるものだと思っていた」と言うように、国際大会に出るための仕組みすら分かっていなかった。

 初めて五輪を意識したのは、04年のアテネ大会。中村礼子に次ぐ2位で出場権を手にしたが、出られたことに満足し、200メートル背泳ぎで決勝進出を果たした時点ですでに目標は達成していた。
「オリンピックに臨む前に自分が立てた目標は、決勝に残ること。だから(決勝が)決まった時点で終わっていたんです。でも周りはそんなことは知らないから『次はメダルですね』と聞かれる。自分の思いは全然違うのに、『メダルを狙います』と言わなきゃいけないような気がしていたし、私は目標を達成していたから何のために決勝を泳ぐのか分からなかった。レース前に『泳ぎたくない』と思ったのは、あの時が初めてでした」

 メダル獲得を目指して決勝のスタート台に立つ8名の選手の中で、寺川だけがモチベーションを失っていた。
 そして、結果は8位。
 堂々の入賞ではあるのだが、寺川に言わせれば「ダントツのビリ」。スタートの合図が鳴る直前まで手が震えていたこと以外、自分がどう泳いだか、どうやってゴールしたかは覚えていない。

大きな転機となった決断

 五輪で味わった悔しさは、オリンピックでしか晴らせない――。
 米国留学を経て08年の北京五輪を目指すも、国内選考会で200メートル3位に終わり、出場権を逃す。引退もささやかれる中、同期の選手たちや所属するミズノの後押しもあり、現役続行を決意した。

 やるからには、ロンドンで勝負しなければ意味がない。それまでの自分を変えるためには、北島康介や中村礼子を世界の舞台へと導き、勝者へ育てる術(すべ)を知る平井伯昌コーチのもとで、指導を受けたい。
 この決断が、大きな転機となった。

 173センチと恵まれた体躯(たいく)に加え、小学生のころから当時のコーチに「世界で戦える」と太鼓判を押された素質。天性の才能が備わっている反面、北京までの寺川は、その持ち得た要素に甘えていた。

 ウエートトレーニングや走り込みなど陸上トレーニングはほとんど行わず、長距離を泳ぎ込んだり、レースを想定したタイムトライアルを繰り返す際には「私には無理」と、寺川は自らの弱さを理由にし、途中で練習を切り上げてしまうこともあった。

 だが、平井のもとで同じことは許されない。
「オレに見てほしい選手はお前だけじゃないんだぞ。ここで練習をしたいなら、それだけの結果を示してみろ」

 一切の妥協は許されず、毎日の練習で次々に課題を積まれる。寺川にとっては「倒れるかと思うぐらい、目いっぱいの練習」も、一緒に泳ぐ高校生が難なくクリアしていくことも屈辱であり、自身を戒めるきっかけになった。
「ここで諦めたら、続ける意味がない」

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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