大友愛、すべては五輪のために ブランクと大ケガを経てたどり着いた今=バレーボール

田中夕子

選手生命を脅かす大ケガを克服

リハビリ中、外からチームを見ることで「違う視点で考えられるようになりました」と語る大友 【坂本清】

 順調な復帰を果たした直後に、予期せぬ事態が、またも形を変えて訪れる。

 11年9月16日のアジア選手権、対スリランカ戦で大友が右膝前十字靭帯(じんたい)損傷、右膝内側側副靭帯損傷という選手生命を脅かしかねない大ケガを負い、引退もささやかれた。

「ケガをしたのは痛かったし、つらかったけど、(ケガを)してしまったのはしょうがないし、五輪に間に合わせるために手術すればいい。そこまでは迷いもなかったんです。でも術後の痛みが強かったり、膝が曲げられない時には、さすがに『何で今なんだろう』という思いも消えませんでした」

 チームがワールドカップ(11年11月)に向かう最中も、国立スポーツ科学センターで地道なリハビリに取り組んだ。代表を外れながらも、ワールドカップの期間中は足を引きずりながらチームに帯同した。
「悔しさもあったけど、いろんな立場からチームを見ることができたのはプラスになりました。復帰に対する思いも強くなったし、戻ったら自分がどうプレーすればチームに貢献できるか。今までとは違う視点で考えられるようになりました」
 
 コートの中やベンチから見る時以上に、外から見ると木村沙織(東レ)や江畑幸子(日立)らサイド頼みにならざるを得ない日本の課題があらわになった。

 サイド一辺倒にしないためには、ミドルの決定率はもちろん、効果率を高めなければならない。
「自分の武器はスピード。前は『(スピードを)生かして決めよう』と思うだけでしたが、今は自分のスピードでブロッカーを1枚引きつけられれば周りが打ちやすくなる。自分中心ではなく、チームがうまく回るためには何をすべきか考えられるようになりました」
 足の状態を確かめながらの実戦では、踏み込みや踏み切りに不安を抱くこともあった。だが、これが自身にとっても、そして「一緒にいることで頑張れる存在」と絶大な信頼を寄せる竹下とのコンビを組むのも、おそらく、この五輪まで。

「これが最後、最後と思いながらプレーしているので、迷いや不安も消えました」

 紆余(うよ)曲折を経て、たどり着いた今、悔いを残さぬために、完全燃焼を誓う。

<了>

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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