今大会の決勝でナダルが対戦したのは、昨年のウィンブルドンから全米、そして今年の全豪と３大会、いずれも決勝で敗れたジョコビッチだ。ジョコビッチはナダルから奪ったその３勝をコレクションケースにずらりと並べ、４大大会完全制覇に王手をかけて全仏決勝に挑んでいた。
　
　どちらが勝っても歴史が生まれる一戦で、負けることを恐れるナダルは、試合開始直後から攻めた。ナダルはこの数カ月間、ジョコビッチに勝つために、攻めのテニスを築いてきたと言っても良い。今から約４カ月前、全豪オープン決勝で５時間５３分という熱戦の末に敗れたとき、ナダルは「攻める姿勢が生まれたのは良いこと。これから僕は、もっと攻めるテニスを作っていく。そのためには、いくつかの大会と数カ月の時間が必要だ」と言ったのだ。その機は、パリの赤土の上で熟していた。
　
　ナダルのブレークで幕を開けた試合は、完全に彼のものだった。特にリターンゲームでは、相手のサーブを早いタイミングでたたき、ジョコビッチにプレッシャーをかけていく。小雨が降る寒空の下、ナダルは何かに追い立てられるように攻め、２セットを先取した。
　だが第３セットに入ると、雨を含み弾みにくくなったボールをたたいて、ジョコビッチが反撃に出る。フォアの深いショットでナダルを追い詰め、６ゲーム連取で第３セットを奪取。第４セットも先にブレークしたその立ち姿には、王者の威厳と自信がみなぎっていた。
　
　そのジョコビッチの勢いに、文字通り水を挿したのが、雨である。試合は中断され、そのまま翌日に繰り越される。天までもが、ナダルに味方したかのようだった。

　ジョコビッチのサービスゲームで再開された決勝戦。その最初のゲーム３０−４０の局面で、ナダルが放ったバックハンドはネットにかかり、相手コートにポトリと落ちた。ジョコビッチは必死にこれを返すものの、ナダルはすかさず返球を打ち抜きウイナーを決める。この試合を決する重要なポイントは、両者の間に張られたネットの気まぐれが左右した。
　
　「曇り、ときどき、雨」の予報通り、この日は天気も気まぐれだった。試合開始約１５分後に落ち始めた雨は、ゲームカウント５−４とナダルがリードした時点で威力を増す。だが両者がコート上で待つ間、雲は上空を通り過ぎ、姿を現した太陽が赤土の水分を飛ばしていく。その陽光に呼応するように、ナダルはスピンを掛けたフォアで、次々とジョコビッチのコートをえぐっていった。気まぐれな天気に、気まぐれなネット……。そのいずれもが、最後はナダルに微笑んでいる。運にも天にも見放されたジョコビッチは、最後はダブルフォルトで勝利をナダルに献上した。

　「今回の優勝が嬉しいのは、史上最多だからではなく、また一つ多く全仏で勝てたから」
　史上最多の全仏７度目のタイトルを手にしたにも関わらず、少年の無邪気さと修行僧のような禁欲を併せ持つ王者は、そう言った。このメンタリティーこそが、彼がなぜクレーで強いかを改めて象徴するものだろう。
　
　同時に、ナダルがグランドスラムのジョコビッチ戦の連敗を３で止めたことは、今後の男子テニスの展望を占う上でも、大きな意味を持つ可能性がある。昨年はジョコビッチに６連敗を喫したナダルだが、今年の全豪で接戦を演じたことにより、攻略の糸口をつかんだ。そうして手にした糸をたどり、ついに奪った今季のクレー３連勝だ。
　
　得意なコートで手にした実績と自信は、果たしてこれまでの潮流を反転させるだろうか？　
　あるいは芝、そしてハードコートと舞台が移行する中で、再びジョコビッチが巻き返すのか？　さらに芝と言えば、このコートに君臨し続けてきたロジャー・フェデラー（スイス）や、全仏準々決勝でジョコビッチから４つのマッチポイントを奪ったジョー＝ウィルフリード・ツォンガ（フランス）の存在も忘れてはいけない。
　　　
　昨年確立されたかに思われた、ジョコビッチの一強時代。だがこの全仏を機に、また新たな勢力図が描かれそうな機運である。

＜了＞