太田雄貴「今は不安しかない」 プライドと自信を再びその手に=フェンシング

田中夕子

厳しい現状を認める太田

「不安しかない」と語る太田、オレグ・マチェイチュク コーチ(写真右)とともに現状を打破することができるか? 【写真:杉本哲大/アフロスポーツ】

 それまでとは同じスタイルでは勝てない現状。
 高円宮牌ワールドカップ初戦で、太田が敗戦を喫した香港の崔浩然(世界ランク58位)との試合は、まさにそれを象徴する試合だった。

 繊細な突きを得意とする太田に対してディフェンスを固め、攻めるポイントを阻もうと崔が積極的に前へ出てくる。主導権を握るはずが前半に得点されたことで焦りの見えた太田が前へ出てくると、そこを逃さずカウンターで逆にポイントを得る。

「(昨年の)アジア選手権でも簡単に負けてしまった相手だったので、苦手意識があったのかもしれない。でも苦手だと思った時点で、僕が負けていました」
 終わってみれば8−15。一度もリードすることなく試合を終えた太田は、完敗を認めざるを得なかった。

 高円宮牌ワールドカップに臨んだ、太田の世界ランクは17位。
 右ヒジのケガや左第四肋骨骨折など相次ぐケガに見舞われ、大会欠場が余儀なくされたとはいえ、「マイナースポーツは4年に一度しかアピールできない。今の結果が示すものがすべて」と本人も言うように、厳しい現状ではある。

「どれだけ歯を食いしばって頑張れるか」

 北京五輪ではメダル獲得に向けてガムシャラに取り組み、歴史的快挙と称された銀メダルを手にしたが、今、太田が目指すのは「メダル」ではなく「金メダル」のみ。4年前と同じように、同じことをただ必死に取り組む、というだけではきっと届かない。

 高円宮牌の初戦で、世界ランク2位のアンドレア・バルディーニ(イタリア)と対戦した藤野大樹(ネクサス)はこう言った。
「技や体力もそうですが、バルディーニの強さやすごさを特に感じるのは『頭脳』です。戦術にいろんな引き出しがあるから、どんな相手に対してもひるまないし、攻めさせない。だから負けない。こういう戦いをしなきゃいけないのか、と思い知らされました」

 五輪までのカウントダウンは止まることなく、大会数、練習日数も限られてくる。せっかく日本で開催される国際大会があるのに、結果を残すことができなければ、うつむき、焦るのも当然と言えば当然ではある。

 だがこれも、すべて産みの苦しみと捉えればどうか。
「新しいことにチャレンジする。やりたいことは、オレグ(コーチ)と一緒なので。ここからどれだけ歯を食いしばって頑張れるか。大事なのは五輪本番ですから」

 期待とプレッシャーは、おそらく4年前よりはるかに高く、重いものだろう。
 それでも、残された時間でどれだけ自信を取り戻せるか。それこそが、フェンシング界ではなく、太田自身の「悲願」を叶える唯一の策でもある。
 
 そもそも高円宮牌ワールドカップは、太田にとって相性の悪い大会で、1回戦敗退も初めてのことではない。
 それが今では「五輪に黄信号」と報じられる。それならば、これだけ注目されるようになったのは自身の功績によるものであるのは確かだと、自信に変えればいい。

 先駆者としてのプライドと、自信を再び取り戻す時間はまだ残されているのだから。

<了>

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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