矢野貴章、フライブルクで過ごした不遇の時

中野吉之伴

前線からの守備と高さという武器が通じず

古巣の新潟で再起を図ることが決定。ドイツでの苦い経験を生かすことはできるか 【Getty Images】

 矢野の前線からの労を惜しまない守備は、日本では武器のひとつとされていたようだったが、それも残念ながらシセやライジンガーの方が上だった。得点が欲しい段階で矢野の高さに期待して投入されることも多かったが、その高さという武器も、相手が矢野を簡単にはジャンプさせないように駆け引きをしだすと分が悪くなってきた。ポジション争いの段階で後手に回り、なかなか自分のタイミングで競り合いにいけない。矢野が入ることでパス回しのリズムが良くなるというポジティブな面もあったが、それはチームが彼に求めている仕事ではなかった。多くはない出場機会だけにゴールやアシストがないという点だけで批判されるのはフェアではないと思うが、前線からの守備でレギュラー陣の後塵を拝し、高さという武器も発揮できないとなると監督としてもなかなか起用に踏み切るのは難しい。

 シーズンが終わり、ドゥットはレバークーゼンへと移った。新監督にはクラブのアマチュアチームを指揮していたマルクス・ゾルクが就いた。フライブルクは夏の移籍市場で放出候補だったシセの代役として、ブルガリアリーグ得点王のマリ代表FWガラ・デンベレをクラブ史上最高額となる移籍金700万ユーロ(約7億1500万円)で獲得していた。

 地元紙の報道によると新FWの加入を受けて8月の段階でスポーツディレクターのディルク・ドゥフナーは矢野の放出を画策していたが、矢野自身の希望によりフライブルクに残留することになった。シセの残留が明らかになったのはその後だが、矢野の立ち位置が限りなく危ういものであることは、その直後の9月頭に行われたテストマッチで分かった。この試合では代表戦でシセ、デンベレが不在、さらにはライジンガーも負傷という状況でありながら、スタメンで起用されたのは普段セカンドチームでプレーするアマチュア選手で、矢野はやっと65分から途中出場が許された。

“何も言わない=納得している”

 やり方も考え方も違う風習・文化の中でやっていくには、そこでのやり方を受け入れるか、自分の意見を通して相手を納得させるかが必要になる。矢野が取ったのは基本的に前者だったと思われる。監督から戦術的理由で戦力外扱いされることは、プロサッカーの世界ならば普通なのかもしれない。例えばボルフスブルクでは、元ドイツ代表FWのパトリック・ヘルメスが数カ月間、4部リーグに属するアマチュアチームで練習し、試合に出ていた。バイエルン・ミュンヘンの宇佐美貴史のように普段はトップチームで練習し、週末はセカンドチームで出場することもある。

 しかし矢野はトップで練習をするだけで、ベンチ入りすることもアマチュアで試合に出ることもなかった。これはあまりにまれなケースと言える。矢野は「監督と話をしたのは夏に一度くらいでそれ以降は一度も……」と言っていたが、欧州では“何も言わない=納得している”ととらえられてしまう。ベンチ入りも果たせないとなると、どこか根本的なところで求めているものの相違があったのではないだろうか。それならば監督のところへ行き、「なぜ出られないのか」「何を求めているのか」「自分はチームに貢献できる」ということをアピールすることが必要だったと思う。

 結果論ではあるが、早い段階で監督とコミュニケーションを取っていれば、8月の時点で出場機会があまり望めないことを知ることもできたかもしれない。監督の言うことを聞いて努力するのは日本では美徳とされるが、欧州では「出られないところで頑張っても」と首を傾げられてしまうだけだ。結果として、12月の半ばに矢野はクラブから戦力外通告を受けることになるが、新監督のクリスティアン・シュトライヒはこれを矢野以外の4選手には直接自分の口から説明をしたと話していた。アルビレックス新潟への移籍が決まった時もクラブホームページで発表されることはなかった。

 矢野自身が「ドイツでの苦しい生活の中で得た経験を生かして頑張りたい」と口にしていたように、こちらでの生活で何を学び、それをどう生かしていくのか、が今後は大事なことになるのだろう。「失敗は成功の元」というが、それは成功を手にした時に初めて失敗が生きるということだ。彼にとっての成功とは何なのだろうか。再びピッチ上で躍動する彼の姿をビッグスワン(新潟のホームスタジアム)のファンが目にした時、その答えが何なのか分かるのかもしれない。

<了>

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著者プロフィール

1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA−Aレベル)。SCフライブルクU15チームで研修を積み、016/17シーズンからドイツU15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

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