迷走する韓国サッカー、代表監督交代のてん末=チェ・ガンヒ新監督、爆弾発言の背景にあるもの

吉崎エイジーニョ

後任は「外国人監督」から一転、国内の名将へ

韓国はレバノンに敗れ、最終予選進出決定が持ち越しに。それどころか、最終戦の結果次第では3次予選敗退という危機に立たされている 【写真:AP/アフロ】

 8日の電撃解任後、当然のごとく新監督問題がメディアで取りざたされた。13日、KFA技術委員長のファンボ・カン(元大分監督)は「外国人監督を中心に交渉する」と表明。メディアでは、トルコ代表のユーロ(欧州選手権)出場を果たせなかったフース・ヒディンクや、ルイス・フェリペ・スコラーリ(ブラジル)ほか、Kリーグで実績を残した外国人監督の名前が挙がった。

 もちろん、国内監督の名もメディアに挙がったが、いずれも「現職に専念する」との理由で固辞したとされた。最終的に新監督となるチェ・ガンヒやホン・ミョンボの名も、そこに含まれていた。

 15日ごろになると、メディアがフラストレーションを表し始めた。「KFAは大物外国人候補の名を、騒動への批判封じのために使うな」「早く決定すべき」といったものから「むしろ世論に動じず、ゆっくり決めるべき。日本がザッケローニを選んだ時のように」といった意見もあった。19日にはファンボ・カン技術委員長が「もう少し待ってほしい」と記者団に話す一幕もあった。

 ところが、21日ごろになると、メディアに新監督内定の情報が漏れ始めた。その名はチェ・ガンヒ。だが、今季のKリーグ王者およびACL(アジアチャンピオンズリーグ)ファイナリスト監督のチェ・ガンヒは、とっくに候補から消えたはずの名前だった。

チェ・ガンヒの抜てきに世論はなぜ怒ったのか?

 国内最高の監督を代表に据える。一見、分かりやすい落としどころのように見える。しかし、この人選と選考過程が、世論の怒りに油を注いだ。理由は大きく分けて2つある。

 1つめの理由が、再び技術委員会の承認を経ずして監督人事が決定された点。ファンボ・カン委員長が「待ってほしい」と話した19日、協会の幹部クラスがチェ・ガンヒの説得に取り掛かっていた。

 2つ目の理由が、任期中の監督を引き抜いてしまう点。チェ・ガンヒが今季、全北で展開した「タッコン(ひたすら攻撃する)サッカー」は、大人気を博した。ただでさえ、代表チームに人気が集中する韓国サッカーシーンにあって、今季はKリーグに八百長問題が発生した。だからこそ、チェ・ガンヒ率いる全北は、希望の光でもあった。地方のチームが、ソウル首都圏のビッククラブを上回ったのだ。

 11月5日のACL決勝には、4万の観衆も集めた。代表以外にも、魅力的なサッカーが存在する。チェ・ガンヒの抜てきは、KFA自らが、自国サッカー界の「安全デバイス」を外してしまうようなものだった。ドーハ世代の代表選手で「よくラモスをマークしていた」と話すチェ・ガンヒは、05年に全北の監督就任後、国内で最も地味だったチームを2度のKリーグ王者(09年、11年)とACL王者(06年)に導いた。そんな「全北のファーガソンになる」と口にしていた人物を、KFAは奪取してしまったのだ。

「期限付き就任」を明言したチェ・ガンヒの意図

 当の本人はいったい何を考えているのか。22日の就任内定会見に注目が集まった。そこでチェ・ガンヒは、前述したように周囲の度肝を抜いてみせた。

「(今後協会と調整する)契約期間は2013年6月までだ。でなければ、就任のオファーは断る。アジア最終予選を勝ち抜いたら、全北に戻る。本大会は外国人監督に任せるべきだと考えている」

 自らKFAに「期限付き就任」であることを突き付けたのだ。つまりは、W杯予選敗退危機でのオファーは受ける。でも本当の気持ちは全北にありますよ、という。発言はおおむね好意的に受け入れられている。悪役はKFAだと。

「攻撃サッカーは続けるのか?」という記者団の問いに対しては、「クラブと代表は違う面がある」と答えた。また前任者の海外組重視から、国内組重視の方針転換も明らかに。冷遇されてきた国内最大のスター、FWイ・ドングを「まず呼ぶべき存在」とも。3次予選最終戦のクウェート戦に先立ち、KFAは「10日前後のキャンプ開催」の意向を明らかにしたが、この点については「FIFA(国際サッカー連盟)の規定通りやる」とさらりと流した。

 冷静な口調で、はっきりと熱い思いを口にするチェ・ガンヒ。その姿勢から「クウェートに勝ちさえすれば、間違いなく突破」という状況に、冷静でいるように見える。
 この点だけが、一連の騒動の中で見いだせる救いだろう。

<了>

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著者プロフィール

1974年生まれ、北九州市出身。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)朝鮮語科卒。『Number』で7年、「週刊サッカーマガジン」で12年間連載歴あり。97年に韓国、05年にドイツ在住。日韓欧の比較で見える「日本とは何ぞや?」を描く。近著にサッカー海外組エピソード満載の「メッシと滅私」(集英社新書)、翻訳書に「パク・チソン自伝 名もなき挑戦: 世界最高峰にたどり着けた理由」(SHOPRO)、「ホン・ミョンボ」、(実業之日本社)などがある。ほか教育関連書、北朝鮮関連翻訳本なども。本名は吉崎英治。

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