ニューカッスルの“鈍足”快進撃と古豪の宿命=東本貢司の「プレミアム・コラム」

東本貢司

現地識者は「降格候補の一つ」に挙げていた

今年8月リールから加入したカバイエ(左から3人目)がニューカッスルの旋風の中心だ 【Newcastle Utd via Getty Images】

 まさか? アーセナルがマン・ユナイテッドに大敗し(2−8)、そのユナイテッドが今度は宿敵シティーに惨敗(1−6)。これで当座の“序列”が一応はっきりしたのかと思っていたら、マンチェスターの2強がそろってチャンピオンズリーグ・グループステージでよもやの敗退……。
 ただ、これらの「まさか」は、あえて“弁護”すれば、1試合、2試合の誤算の結果と言えなくもない。あるいは、かたや「負けは負け(大敗も惜敗も大差なし)」であり、かたや「激戦区」と「故障者続出」にたたられたせい――あたりにしておけば“あきらめ”もつこう。

 しかし、「もう一つのまさか」のほうは、衝撃度では太刀打ちできないだろうが“息の長さ”では群を抜いている(それがここにきてみるみる色あせてきた事情は後ほど)。
 とにかく、いつまでたっても負けない。その、目に見えて納得のいく証明書のたぐい(例えば、どこからともなく登場した“彗星(すいせい)ゴールゲッター”がガンガン得点を決める)もない。派手な勝ち方一つ、ない。地味にしぶとく、コツコツと、毎試合確実に勝ち点を稼ぐ。

 つまり、開幕前にはほとんどの現地識者が「降格候補の一つ」に挙げていたニューカッスル・ユナイテッドの、ウサギとカメのカメのような“鈍足”快進撃。シーズンが始まって約3カ月の時点で、首位マン・シティーと並んで無敗をキープ、堂々と3位に踏ん張っていたニューカッスルのそれに、現地メディア筋は「Unbeatoon!」という見出しを掲げ、ほおをつねりながら(?)賛辞をささげていたものである。ちなみに、この「Unbeatoon!」とは、「負けない=unbeaten」とクラブの俗称「Toon」の合成語だ。

 そこに暗に込められていたキーワード「想定外」は、ほかならぬトゥーン(ニューカッスル)サポーターの本音でもあったと言われている。なぜなら、過去数年間のチームの屋台骨を背負ってきた“顔”の面々、つまり、昨シーズン1月のアンディー・キャロルに加え、ケヴィン・ノーラン、ホセ・エンリケ、ジョーイ・バートンらを惜しげもなく(?)放出する一方、これといった大物を補強したわけでもなく、どう見ても未知数と言って過言ではない1年目、2年目の新しい戦力を(主に攻撃の主軸として)前面に押し出したチームで、今シーズンに突入したからだ。特に、ノーラン、バートンの中盤の二枚看板を失ったことは、傍目にも「暴挙」、「破滅的」にしか受け取れず、ゆえに「降格ゾーンをふらふら」の予想が成立したのだった。

「堅実ニューカッスル」の最大の売り

 しかし、どんなことにも理由はある。それが単に「地味」なだけの話だ。そんな「地味を絵に描いたような救世主」、いやさ、新生マグパイズ(ニューカッスルのもう一つの通称)旋風の核心にいる男が、今年8月にフランスの“ダブル”チャンピオン(リーグ&カップ制覇)、リールから(地味に)到来したヨーアン・カバイエである。

 フランス・リーグ1に詳しい人ならいざ知らず、ほとんどの地元ファンが「カバ……? それ、どこの誰?」と首をひねったこの当年25歳のミッドフィールダーの経歴をざっとなぞってみる。フランス北部リールの北東、人口9万そこそこの小さな織物の町、トゥールコアンに生まれ、一時ランスでプロキャリアを積んだ父親のもとで5歳からフットボールに慣れ親しむ。12歳でリールのユースアカデミー入り。6年後にファーストチームデビュー。そして翌シーズンからレギュラーに定着、次第にプレーメーカーとして頭角を現して……。

 ただし、どこかロマン・アブラモヴィッチ似(?)の老け顔(母方の祖母はヴェトナム人だとか。だから何がどうしたという話じゃないけれど)が印象的な(?)中肉中背の175センチは、ピッチの上でぷんぷんするオーラを発散させているとも思えない。
 ところがこの男、ただ者ではなかった。彼のゲームを見ていてすぐに思い出したのが、あのロイ・キーンだと言ったら驚かれるだろうか。その心は、典型的な「ボックス・トゥ・ボックス・プレーヤー」。この、ロイ・キーンの代名詞だった「神出鬼没の職人芸」を、カバイエはとことん地味に、そして実に如才なく、演じてくれるくせ者なのだ。

 いわゆる「box−to−box」とは「自軍のペナルティーボックスから敵陣のそれまでをカバーする」という意味だが、それだけ視野が広く的確で、かつ、恐ろしくタフだということだ。カバイエの特徴は、いつの間にかスルスルと、ここぞという場面に登場する絶妙なポジショニング。中長距離のパスも正確でプレースキックのスペシャリストでもある。
 玄人筋に言わせると、このカバイエと中盤の相棒ティオテ(バネの効いた軽やかなプレーをするテクニシャン)の「相互理解」が素晴らしく、それが容易に崩れない「堅実ニューカッスル」の最大の売りなのだという。ならば、大ヒットと言うべき補強ではないか。

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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