「リラックス・ベイビー」ローズキングダム=乗峯栄一の「競馬巴投げ!」GI天皇賞・秋編

乗峯栄一

競馬と、女性と、車の運転―“中の下”ぐらいは出来る

[写真1]天皇賞の本命はローズキングダム! 前走の勝ち方は復活を予見させるものだ 【写真:乗峯栄一】

 ぼくは競馬と、女性と、車の運転がほぼ同じぐらいの経歴で、どれももう30年以上になる。未だに自信がないのも三者共通で、多分このまま終息していくんだろう。寂しい。

 しかし言いたいこともある。たぶん客観的にみれば、三つともそう下手ではないのだ。そこそこの仕事は出来る。競馬だって言われるほど外れ続きではないし、女性だって、車の運転だって、まあ名人とまではいかないが“中の下”ぐらいのパフォーマンスは出来る。でも多分、それもあんまり問題じゃない。
「私はそんなこと少しも恐れていないし、私が恐れていると思わせる理由を少しも彼に与えないのに、彼が私を殺そうとしているといって私が彼を恐れていると彼が思う場合」が精神病の淵源だと病理学者R・D・レインは言う。訳が分からんでしょう。つまり疑心暗鬼こそ精神病のすべてだと言っている(んだと思う)。

 ぼくの場合「こいつ、俺のこと下手くそだと思ってんじゃないか?」という疑心暗鬼が一般の人よりやや強くあり、それが極端に卑屈な態度や、その反動としての逆上につながる。悲しいことだ。なんでこんな性格に生まれついたのか。
 例えば車の運転だ。ぼくは助手席に人、特に初対面の人がいると、極度にその人の反応が気になる。「“運転下手だなあ”とか思ってんじゃないのか」と疑心暗鬼が広がる。何かの拍子に「へえ、安全運転なんだ」などという呟きが聞こえたらもういけない。パニックだ。赤信号でも一旦停止でも殆ど止まらなくなる。「何ちゅう運転や!」と助手席の人間はドア上の取っ手を握って震え上がるが、もう遅い。俺をその気にさせたお前が悪い。

ぼくは人知れず30年前のことを思い出す

 これは多分運転技術ウンヌンより精神力の問題だ。でもすぐに矯正できないのが、これまた精神力の問題だ。

 ガソリンスタンドでやっと車をレーンに入れたと思ったら「いま混んでますから一度バックして隣のレーンに入って貰えますか」と言われる。なんでそんなこと言うんや?
 案の定バックの途中で壁際のコーンを3、4本なぎ倒す。「あ、係員がこっち見た。きっと“ヘタクソやなあ”とか思ってるんや」と得意の疑心暗鬼状態、もういけない、逆上である。「キャップ開けて下さい」という係員の声にレバーを引くと「お客さーん、トランクが開きました」と大声がする。「そうや、俺は昔からトランクにガソリン入れるのが大好きやったんや」と意味不明の悪態をつく。「点検しますのでボンネット開けて貰えますか。あ、お客さーん、ワイパーが動き出しました。あ、車が動いてます。お客さーん、サイドブレーキ引いて下さーい!」

 這うような思いで車を離れ建物内に待避すると、ゲージのようなものを持って係員が追いかけてくる。「オイル汚れてますね、交換しといた方がいいですよ。水抜き剤も交換したらどうでしょうか?」「何? 水抜き剤って?」というぼくの返しの質問はほとんど声にならず、どういう訳か「じゃ、それ入れといて」と向こうの思惑通りの答えだけが伝わる。ガソリン代6千円だけで済むはずのところが、オイルと何とか剤で3万も払わされる。涙が出た。

 ぼくは人知れず30年前のことを思い出す。「ま、これも経験だからね。次はうまくいくから。帰りに受付で3万円払っといてね」と初めて経験するその種の店で、ぼくは何もしていないのに3万払わされた。それだけじゃない。女というものは「ええ?!」と極端に驚いたり「ふん」と溜息ついたり「あーあ」と嘆息したり、そういうことを男が勝負を賭けている時にやる。「どうしたのよ?」と髪掻きむしったり、「もういい」とこっちはねのけてパンツ履いたり、そういうことしていいのか? ああ、涙が出る。

1/3ページ

著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント