「リラックス・ベイビー」ローズキングダム=乗峯栄一の「競馬巴投げ!」GI天皇賞・秋編
「そそり立つ」
[写真2]痛い素振りも見せず颯爽と騎乗する佐藤哲三とアーネストリー 【写真:乗峯栄一】
初めて淀に行ったのは大学卒業前で、心に悩みを抱えていた時期だ。将来の進路について悩んでいたんじゃない。肝心なときに屹立しない体の一部分について悩んでいた。悩んでいるときはとにかく本だ。悩みを解消してくれる本を読めばいいと、みんな言っていた。当時のベストセラー「奈良林祥の HOW TO SEX」を買ってきた。「頼みます」と呟きながら読んでいくと「性交時に勃起しないようなやつはマザコンだ」と、とても性病理学者の本とは思えない過激が言葉が書いてあって、自殺したくなった。本なんか読まなきゃよかった。
無冠の貴公子テンポイントが初めてGI天皇賞を勝った日が初の淀体験日だった。ぼくがカレンダーの裏いっぱいに「そそり立つ」という文字を書き殴った上に、それをチリヂリにしてゴミ箱に捨て「死んでやるぅ!」と一人叫んでいた年だから、77年の春だ、間違いない。ぼくはイシノアラシという有馬記念馬から買った。「石の嵐」だぞ。「もう、固すぎてイターい!」と叫ばせているようなもんじゃないか。「イシノアラシになりたい!」と呟きながらレース見て、初の現場経験の惨敗に終わる。場内の興奮をよそに、群衆の中をとぼとぼ帰っていた。
この年、海の向こうではロッド・スチュアートの「トゥナイト・ザ・ナイト」という曲が流行っていた。「トゥナイ・ザ・ナイ!」というロッド・スチュアートのこの部分の歌詞はよく分かるのに、邦題はなぜか「今夜決めよう!」だ。何を決めるっちゅうねん! 株主総会でも開くんか! ほんと日本人は下品だ、下品大嫌い!と叫びながら、また無意識に「そそり立つ」とメモ用紙にこっそり書いていた。
ロッド・スチュアートはイシノアラシか!
ドロー・ザ・ブラインド
ルーズオフ・ユア・フレンチガウン
リラックス・ベイビー!
とにかくここの部分だけが繰り返し流れるのだ。
英語力がなくたって、ネイティブ発音に慣れてなくたって、この種の言葉ならだいたい分かる。「電話線切れ! ブラインド下ろせ! お前のフレンチガウン(どんなガウンや!)脱げ!」だろう。何で偉そうにそんなこと命令出来るんや。クッソー! また黙ってそれを聞く女も女や。あげくの果てに「リラックス ベイビー」だぞ。「リラックスって、お前こそリラックスしたらどうや、ロッド・スチュアート!」とロッドの粗末な股間を指で弾いて出ていく、そんな剛毅なスコットランド女はいないんかい! ぼくなんか川崎堀之内で「ダメだ、あんたの××は」って指で弾かれたんだぞ。カネまで払ってるのにだ。悔しい! ロッド・スチュアートはイシノアラシか!
でも捨てたものじゃない。同じ年、海のこっちでは八代亜紀の「愛の終着駅」という歌が流行り始めた。歌そのものより、TBS系列「花王・愛の劇場」という昼メロ時間に、いつも泣いているような松本留美と(元フジTVアナ高島彩の父)竜崎勝の主演で「そんなこと有り得ないやろ」という悲運のメロドラマが流れていて、このドラマが話題で、その主題歌の「愛の終着駅」も売れ始めていた。
♪♪さむい夜汽車で 膝を立てながら 書いた あなたのこの手紙
文字の乱れは線路の軋み? 愛の迷いじゃないですか?
何度も同じフレーズを聞きながら、そうか、そうだったのかもしれないと思い始める。汚い字の手紙を見て「キッタネえ字だなあ」と吐き捨てる女と「愛の迷いじゃないのかしら?」と心配する女と、世の中には二種類いるということだ。