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早くも信用を失ったアルゼンチン代表のサベーラ監督
ブラジルなきW杯予選での苦戦は許されない

アルゼンチン人は代表監督の見切りが早すぎる

就任早々、窮地に立たされたサベーラ監督。続投かどうかは11月のW杯予選2試合の結果次第となる
就任早々、窮地に立たされたサベーラ監督。続投かどうかは11月のW杯予選2試合の結果次第となる【写真:アフロ】

 2014年ワールドカップ(W杯)・ブラジル大会へ向けた南米予選が始まった。開催国ブラジルを除く9カ国に与えられた出場枠は4.5。全18節のうち2試合を消化した現在、早くもアルゼンチン代表のアレハンドロ・サベーラ新監督に対する信用が尽きようとしている。


 サッカー狂であるアルゼンチンの人々は、代表監督に見切りをつけるのが早すぎる。しかも長らく成功を手にしていないため、現在その傾向はさらに強くなっている。ガブリエル・バティストゥータやオスカル・ルジェリらを擁した1993年にエクアドルで行われたコパ・アメリカ(南米選手権)の優勝を最後に、アルゼンチンのA代表は18年も公式タイトルから遠ざかっているからだ。


 アルゼンチンのW杯本大会出場を不安視する声は少ない。ディエゴ・マラドーナとダニエル・パサレラを擁して2度目の優勝を成し遂げた86年メキシコ大会も、予選ではペルーとの最終戦の残り15分まで出場権を手にすることができなかった。94年米国大会の予選では、モヌメンタルで0−5の屈辱的大敗を喫したコロンビアの後塵を拝して大陸間プレーオフへ回り、オーストラリアを1点差で下して辛うじて本大会に出場している。マラドーナが監督を務めた10年南アフリカ大会の予選でもアルゼンチンは大苦戦を強いられた。

継続した強化ができていない現状に不安の声

 だが、14年ブラジル大会を目指す今予選で不安視されているのは、予選突破ではない。歴史を振り返れば、アルゼンチンの予選突破を懸念する必要はないことが分かる。実際、得失点差とはいえ1勝1敗の現時点でアルゼンチンは上位4枠に入っている。人々の不安はむしろ、相次ぐ監督の交代により継続した強化ができていない現状(マラドーナの後任に就いたセルヒオ・バティスタは1年足らずで解任され、現在はサベーラが新監督に就任したばかり)、そして自国開催のコパ・アメリカで失敗したチームの精神的落ち込みに集中している。これだけ素晴らしい選手を擁する代表チームに対し、人々は予選突破以上の要求をすべきだと考えているのだ。


 7月のコパ・アメリカで大失態を犯したバティスタを解任した後、アルゼンチンサッカー協会(AFA)はエストゥディアンテスで名を上げたサベーラを新監督に任命した。同クラブを率いて09年のコパ・リベルタドーレスと10年の前期リーグを制し、09年のクラブW杯では最後の1分までバルセロナ相手にリードを保ったサベーラは、80年代に選手としても同クラブで活躍した人物だ。


 サベーラは監督としての経験が2年半しかない。98年W杯・フランス大会でアルゼンチン代表を率い、パルマやコリンチャンス、ウルグアイ代表などで経験を積んだものの、それはすべてダニエル・パサレラの第2アシスタントコーチとしてだった(フランス大会の後にアメリコ・ガジェゴが独立した後は第1アシスタントコーチとなった)。


 その後、パサレラが現場を離れて現在務めるリーベル・プレートの会長に就任したことで、サベーラは自身を監督としたコーチングスタッフを作る機会を得た。そしてAFAのゼネラルマネジャーを務めるカルロス・ビラルドとの親密な関係のおかげで、現在アルゼンチン代表を率いるに至った。

セルヒオ・レビンスキー/Sergio Levinsky
セルヒオ・レビンスキー/Sergio Levinsky

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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