北朝鮮代表、日本戦に賭けるさまざまな思い=世界を知った選手たちにもはや弱小の面影はない

キム・ミョンウ

日本は痛い目に遭う可能性も

ブラジルのルシオ(右)と競り合うチョン・テセ。W杯やアジアカップといった国際舞台を経験したことで、北朝鮮代表は大きく成長した 【Getty Images】

 ユン・ジョンス監督が就任してからは、北朝鮮代表は大きく様変わりした。1つは選手構成だ。来日の選手名簿を見て驚いたのは、W杯・南アフリカ大会の経験組がこぞって代表から姿を消していたこと。中国リーグでプレー経験のあるMFキム・ヨンジュン、右サイドからの突破を得意とするMFムン・イングク、そしてW杯のブラジル戦でゴールを決めたDFチ・ユンナムら、30代のベテランの姿はなかった。また、代表のエースと言われたFWホン・ヨンジョも来日しておらず、若手の積極的な起用が目についた。

 日本でもよく知られているチョン・テセやアン・ヨンハ、リャン・ヨンギらの能力の高さはすでに実証済みだが、そこにだけ目を向けていると日本は痛い目に遭うかもしれない。
 まずは今季、スイスのバーゼルと5年契約を結んだFWパク・クァンリョン。186センチの長身から繰り出すヘッドが武器で、ポスト役で前線の起点となる。初めて一緒に練習したチョン・テセも彼のプレーに太鼓判を押す。
「おれよりも体格が大きいのに、足下のプレーもしっかりしている。まだ若くてムラがあるけれど、経験を積めば必ず世界に通用するプレーヤーになりますよ」

 そしてもう1人の注目プレーヤーがFWのチョン・イルグァンだ。彼は昨年のU−19アジア選手権のオーストラリアとの決勝戦でハットトリックを記録して優勝に貢献。同大会でMVPを獲得し、世界からも注目を浴びている逸材だ。まだ国際経験が少ないため、スタメンで出場するかは現時点で分からないが、いずれにせよ、勢いのある若手は北朝鮮にとって心強い戦力である。また、スイスのFCビルでプレーする右サイドバックのチャ・ジョンヒョクも、海外での経験を武器にオーバーラップをどんどん仕掛けてくるだろう。

 そんな選手構成もさることながら、これまで守備的だった戦術も大きく変わるようだ。現時点では4−2−3−1が濃厚。GKにはW杯を経験したリ・ミョングク。DFは右からチャ・ジョンヒョク、パク・ナムチョル(朴男哲)、リ・グァンチョン、チョン・グァンイクで、W杯とアジアカップを経験したメンバーにほぼ変わりはない。
 ボランチの左には精神的支柱のアン・ヨンハ、右にはユース時代から代表生え抜きのリ・チョルミョン、新鋭のパク・ソンチョルが入ると予想される。その前の右サイドには前述したパク・クァンリョンかチョン・イルグァン、中央にはパク・ナムチョル(朴南哲)、左にはリャン・ヨンギが入り、そして1トップにチョン・テセだ。

国際舞台を経験し、大きく様変わりしたチーム

 若返りを図る北朝鮮代表が、どのようなサッカーを展開してくるのかは興味が尽きないが、少なからず連係の面で心配もあるだろう。
 チョン・テセは言う。
「アジアカップである程度攻撃的なサッカーを経験し、若手が育ってきているという印象はあります。ただ、極度な世代交代には不安があるのは確かです。攻撃サッカーは選手の質が問われますし、質が伴わないと大量失点は避けられないと思います。今回の試合でその答えが出ると思いますが、僕が見た限りでは若手のポテンシャルはとても高いですよ」

 そして、新たに監督の構想の中に組み込まれたリャン・ヨンギもまた、「若手とのチームワークにそこまで心配はない」と語る。彼は南アフリカW杯には帯同したものの、最終的にはメンバー入りできなかった。しかし、Jリーグでの活躍が認められ、今では代表での信頼を獲得している。
「W杯では本当に悔しい思いしかありませんでしたが、あきらめずにやってきた結果、ここまでたどり着きました。こうして日本と戦えるのは楽しみで仕方ありません。いま日本は勢いのあるチームなので、少しも気は抜けません。チャンスを演出するだけでなく、ゴールも狙っていきたい」

 南アフリカW杯、アジアカップを経て、大きく変わり始めた北朝鮮代表。監督、選手たちそれぞれが、この日本戦に賭けている。特にチョン・テセは、今回の試合をしっかりと未来へ届けたいと思っている。
「自分の生い立ちと同じように、日本には多くの在日同胞の方々が住んでいます。今回はたくさんの方が応援に来ると思いますが、昔、僕が見たあの感動を今回はみんなに“勝利”という形で脳裏に焼き付けたいです。そして、僕が夢見たように、子供たちには代表を夢見る選手になってほしい」

 世界のサッカーを知るかの国に、もはや弱小国の面影はない――。さまざまな思いを胸に北朝鮮代表チームがいよいよ決戦の舞台に立つ。

<了>

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著者プロフィール

1977年、大阪府生まれの在日コリアン3世。フリーライター。朝鮮大学校外国語学部卒。朝鮮新報社記者時代に幅広い分野のスポーツ取材をこなす。その後、ライターとして活動を開始し、主に韓国、北朝鮮のサッカー、コリアン選手らを取材。南アフリカW杯前には平壌に入り、代表チームや関係者らを取材した。2011年からゴルフ取材も開始。イ・ボミら韓国人選手と親交があり、韓国ゴルフ事情に精通している。

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