アーティスト日比野克彦氏が語る「サッカーのチカラ展」

宇都宮徹壱

今回の大震災によって、アートもまた試されている

製作中の作品を広げる日比野氏。「サッカーのチカラ展」の成功について、独自の考え方を開陳してくれた 【宇都宮徹壱】

――この「サッカーのチカラ展」には「東日本大震災被災者支援企画作品展」というサブタイトルが付いています。震災後、サッカー界でも多くのチャリティーマッチやイベントが開催されましたが、アートの世界はどうだったのでしょう? 実際に日比野さんもたびたび被災地を訪れては、被災者支援のためのワークショップを行っていたそうですが

 阪神(・淡路大震災=1995年)とか(新潟県)中越地震(2004年)とかを経験してきて、やっぱりアートが入るタイミングって絶対あるよね。ライフラインが途切れているときに現地に行っても、お役に立てることはない。だから1カ月ちょいだよね。今回でいえば、ゴールデンウイーク前から、アート活動をする人間が現地に入っている。それに皆、継続的にやらないといけないというのも分かっている。

――今回、日比野さんが展示されている「ハートマークビューイング」は、ハートマークをあしらった正方形の布を全国から集めて、被災地の子供たちとパッチワークに仕上げて、避難所や仮設住宅に飾るというワークショップでした。殺伐とした空間に彩りを加えるという発想は、やはりアーティストならではの支援方法だったと思います

 仮設住宅での孤独死というのは、阪神ではかなりあったんです。申し訳程度の集会所はあるけれど、そこには箱があるだけでデザインも何もない。そこにアートプロジェクトを継続的に持っていくためのフレームを作っていこうと。ただし、これを1人のアーティストでやるのも体力的に難しいし、今回は被災地が広いので足を運んでいないところもたくさんある。ただ、これは変な言いかたかもしれないけど、「アートで何ができるか」ということをきちんと世の中にアピールできるという意味では「チャンス」だと思っているんだよね。実際、僕らアーティストもそうだし、学生もそうだけど、この震災によって僕らのスキルを発揮できる場というものが非常に増えている。

――今回の震災では、サッカーやスポーツがさまざまな場面で試されていたと思うんですが、それはアートの世界も同様だったんですね

「2011年の記憶をとどめる作品」という視点

――そんなわけで、あらためて「サッカーのチカラ」という言葉について考えてみたいです。日比野さんにとって「サッカーのチカラ」とは、具体的にどんなイメージでしょう

 うーん。サッカーの一番すごいところは「共通言語」なことだよね。英語、フランス語、ロシア語、中国語、日本語。これだけ言語があるのに、ボールがあればサッカーができるじゃないですか。やっぱり、あの球、ボールだよね。球が転がってくると、人間は基本的に追いかけると思うんだよ。それを競技にしたサッカーってすごいと思う。初めて出会った、お互い言語も人種も文化背景も違う両者が対峙(たいじ)したとき、その間にボールが転がってくれば、そこからサッカーが始まる。そういうところがやっぱり「サッカーのチカラ」だと思うよね。たとえそれが、両者が銃を持って向かい合っていても、そこにボールが転がってくれば「これってサッカーだよね」と思わせてしまう(笑)。そこだよね。

――サッカーとアート、そして被災者支援という3つのキーワードが重なって、今回の企画展がスタートしました。9月4日が最終日となるわけですが、まだご覧になっていない方、あるいは作品を買おうかどうか迷っている方に、メッセージをお願いします

 旅先でお土産買うのでもいいんだけど、自分の部屋に持ち帰ったときに、どれだけそれについて語れるか。それがモノの価値だと思う。他人にはそれが分からないものでも、1枚の絵、1個の作品について、いろんなことが語れてしまう。そういうものが周りにあることは豊かさだと思うんです。

 今回の震災の思い出というのは、みんなの網膜に焼き付いていると思うんだけど、かといって被災地の写真を飾っておくわけにもいかないだろうし。でも、「サッカーのチカラ展」の誰かの作品を買ったとして、それを通してサッカーについても語れてしまう。「これは2011年の震災のあった年に、サッカーミュージアムで行なわれた展覧会で見つけてきたんだよ」ということも語れるじゃないですか。作品を家に持ち帰って飾ることで、いろんな語り方ができると思うんだよね。

――「2011年の記憶をとどめる作品」という視点は、ちょっと思いつきませんでした。いずれにしても、より多くの作品がそれぞれの家庭に飾られて、そこで支払われたお金が被災地に回っていけばいいんですけどね

 2011年って「大震災があった年」なんだけど、日本サッカー界はいろんなことがあったわけでしょ。アジアカップで優勝して、なでしこも(女子ワールドカップで)優勝して、長友もインテルにも行ったし。そうした年にサッカーに関する作品を買って、その絵を見ながらいろんなことを思い出したり、あるいは自分の家に訪れた人に話をしたり。それまで作品を買う習慣がなかった人が「サッカーのチカラ展」をきっかけに、初めて絵を買うことの喜びを知る。もし、そういう人が1人でもいれば、「サッカーのチカラ展」は成功したと言えると思いますよ。

※「サッカーのチカラ展」最終日の9月4日(日)には、日比野氏と山本浩氏(法政大学スポーツ健康学部教授。元NHKエグゼクティブアナウンサー)によるトークイベントが行われる。

<了>

日比野克彦
1958年岐阜市生まれ。アーティスト。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科教授。東京藝術大学在学中の83年に日本グラフィック展にて、段ボールを素材とした作品でグランプリを受賞。その後、舞台空間・パブリックアートなどにも表現の領域を広げる。またパフォーマンスなどの身体・言語を媒体とした作品も制作。96年にはベネチアビエンナーレに出品するなど、海外での個展を多数開催。2000年以降は表現者からの視点だけでなく、受け取り手の感じ取る力をテーマとした作品をワークショップを行いながら制作している。またアートとスポーツの文化的視点からの融合を目指して日本サッカー協会理事を務める。震災後、復興支援活動「HEART MARK VIEWING」を立ち上げ、モノを作る喜びを取り戻すきっかけを作り、人と人をつなぐことを試みる。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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