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もろさを克服、自分の演技ができる選手へ
フィギュア・安藤美姫インタビュー
世界選手権のエキシビションで、アンコールに「レクイエム」を演じた
世界選手権のエキシビションで、アンコールに「レクイエム」を演じた【坂本清】

 東日本大震災の影響で東京大会が中止となり、1カ月後、モスクワで開催されたフィギュアスケート世界選手権。暗いニュースが続く日本を力づけるように、とびきり思いのこもった演技を見せ、さらに4年ぶりの優勝という吉報をもたらしてくれたのが、女子シングルの安藤美姫だ。

 スケジュールなどの大幅変更に戸惑い、多くの選手がコンディションを崩すなか「精神的にもろい」と言われ続けてきた彼女が、なぜ栄光をつかむことができたのだろうか。

エキシビションの「レクイエム」に込めた思い

――世界選手権。優勝を決めたフリーでの演技も素晴らしかったのですが、翌日のエキシビション。トリとして登場し、白い衣装で披露したナンバーがとても美しくて……。多くの人の心に響いたのではないかと思います


 あのときは一曲目に、「Why do People fall in Love?」という、今シーズンずっと見ていただいているショーナンバーを滑りました。本当に偶然なんですが、「どうして人は恋に落ちるの?」という思いを歌った曲。恋することにはにさまざまな意味があると思いますし、人を愛するということを、まずはスケートで表現したかったんです。そして今回はアンコールがあったので、昨年のショートプログラムの「レクイエム」を滑りました(注:実際に披露したのはボーカル入りのエキシビションナンバー)。競技ではどうしても用意していた競技の曲を滑ることになるけれど、エキシビションではもっともっと、自分の思いを伝えたかったんです。「レクイエム」はミサ曲、鎮魂の曲。今回の災害に対する気持ち、日本に向けてひとりでも多くの方に、今の私の気持ちを伝えたかったので……。アンコールという機会をいただいたことで(世界選手権でアンコールを滑ったのは優勝者のみ)、神様に「レクイエムを滑りなさい」って言ってもらったような気がして……ぜひ滑りたい、と思ったんです。


――「レクイエム」、音源はモスクワに持ってきていたんですか?


 いえ、試合が終わってすぐに、急きょ用意してもらいました。自分にできることなんてこれくらいしかないけれど、本当に自分の伝えたい気持ちを、スケートを通じて、世界選手権のエキシビションという場所を通して伝えることができて、すごく光栄に思いました。衣装はちょっと、「Why do People〜」の白い衣装のままでおかしかったかもしれないけれど(笑)、自分なりに気持ちを込めて滑れたと思います。日本にちょっとでも届けばいいな、と。


――今回の世界選手権。いつもとは違う意味での注目もされましたし、選手たちも考えるところがあったと思います。そのなかで安藤選手は、被災された方への思いを自分の演技にしっかりリンクさせて、ショートプログラムからエキシビションまで、滑り切りましたね


 でも自分は、ダイレクトに震災の被害を受けているわけではないので、被災地の方がどれだけ大変か、どれだけ辛い思いをしているかは、本当の意味では分からないと思うんです。きっと簡単に言葉で表すことのできない苦しみではないかと思う。ただ、本当に大切な人を失う辛さ、その辛さから立ち直ることの大変さは、少しは分かっているつもりで……その気持ちを今、すごくたくさんの人が味わっているのだと思うと、震災直後はリンクの上に立つことも辛く感じていました。

うれしかった「ありがとう」のメッセージ

結果よりも演技と気持ちが一つになったことへの喜びを感じた世界選手権SP、FSでともに観客を魅了した
結果よりも演技と気持ちが一つになったことへの喜びを感じた世界選手権SP、FSでともに観客を魅了した【坂本清】

――実際に世界選手権が始まってからはどうでしょう? 日本のために勝ってほしい、メダルを取ってほしい、そんなプレッシャーを感じてしまったのでは?


 いえ、それはまったくないんです。普段から、メダルを取りたいという気持ちで試合に臨むことはほとんどないので……。今でも優勝した、金メダルをいただいたという実感がほとんど沸いてこないくらい、いろいろな気持ちでいっぱいで、その気持ちのままに滑ってきました。今年も自分なりにいろいろなことがあったシーズンなので、まだ本当に優勝してうれしいのか、ちょっとよく分からないくらい(笑)。優勝したことによる気持ちの変化、というものもほとんどありません。ただ今回は、もちろんすごく緊張はしたけれど、世界選手権という雰囲気をそれほど重く感じずに。日本で滑れなかった残念な気持ち、そして無事開催されてこうして試合の場をいただいた感謝の気持ち……そんな気持ちと自分の演技が、なんとなくひとつになれたかな、と思うんです。結果よりも、のことに対する達成感で今はいっぱいかな。


――そんな気持ちで滑ったことに対して。何か反響、リアクションなどは感じていますか?


 世界選手権後、移動続きでなかなかネットにもつなげていないので、実感はないんですが……。でもフリーの後のスモールメダルセレモニーで、ひとりの女性の方が「美姫ちゃん、ありがとう」というメッセージを皆さんの前で伝えてくださったんです。あ、ひとりでもそんなふうに思ってくれる演技ができたんだって、まず実感できたのがうれしかったですね。日本でそんな気持ちになってくださった方が、ひとりでも多くいてくれれば、自分もそれで幸せだなあ、と。

青嶋ひろの

静岡県浜松市出身、フリーライター。02年よりフィギュアスケートを取材。昨シーズンは『フィギュアスケート 2011─2012シーズン オフィシャルガイドブック』(朝日新聞出版)、『日本女子フィギュアスケートファンブック2012』(扶桑社)、『日本男子フィギュアスケートファンブックCutting Edge2012』(スキージャーナル)などに執筆。著書に『バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート 最強男子。』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』(角川書店)などがある

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