“新生”錦織圭、手にした勝ち星と露呈した課題=全豪テニス

内田暁

悪いパターンからの脱却を図る錦織

ギルバート新コーチ(右奥)のもと、“新生”錦織圭が全豪オープンで2勝を挙げた 【写真:アフロ】

 “新生”錦織圭(ソニー)の、希望に満ちた順調な船出――そう言って、差し支え無いだろう。

 2011年のシーズンに挑むにあたり、錦織は身の回りのあらゆる物を一新していた。パッと目につくところでは、テニス界では異彩を放つ、ユニクロのウェア。
「すごく着心地は良いです。完全にオーダーメイドですし、『注文があれば、どんどん言って下さい』と言ってもらえてます」と、まずは錦織の意見ありきの体制が確立されているようだ。

 そして、新たなツアーコーチに就任したダンテ・ボッティーニ。錦織が拠点とするニック・ボロテリーアカデミーの中でも“エリートコーチ”と称されるグループに属する人物である。
 だが、新体制の中で何よりも大きいのが、“コンサルタント(相談役・顧問)”の肩書きを与えられた、ブラット・ギルバートの存在だ。ギルバートが、現役時代に残した世界4位のキャリアは当然賞賛に値するものだが、彼がその名声を一躍世に広めたのは、むしろコーチとしての手腕である。

「完璧主義なんて捨てちまえ!常に、世界最強の選手である必要なんてないんだ。ネットを挟んでコートの反対側に立っている相手より、少しだけ強ければそれで勝つに十分」

 後に世界1位になるアンドレ・アガシが、ギルバートのこの助言を聞いて「彼こそが、自分のコーチにふさわしい」と直感し、当時まだ現役選手だったギルバートを口説き落としたエピソードは有名である。
 アガシを開眼させたギルバートの勝負哲学とは、彼の著書『ウィニング・アグリー(不格好に勝利せよ)』に代表されるように、たとえ完ぺきな形でなくとも、勝利を得ることである。

「ギルバートの言葉を聞いて、僕も自分のテニスを変えなくてはと思った」
 昨年末にギルバートに練習を見てもらい、話をする中でそう決意した錦織が、新たな師から言われていることとは「ファーストサービスを入れること、ミスを減らし無理に決めに行かないこと、確率と配分重視のテニスをすること」。自分から攻めに攻め、調子の良いときは勝てるが、悪いときはミスを重ね自滅する……というパターンからの脱却を、プロ転向3年目、21歳の錦織は図っている。

“我慢のテニス”で得た2つの勝利

 その“ギルバート効果”は、今大会の1、2回戦で顕著だった。相手のファビオ・フォグニーニ(イタリア)とフロリアン・メイヤー(ドイツ)はいずれも、世界ランク58位、同36位と錦織(同82位)より上。だが「まずは50位以内、いずれはトップ10」を目標とする錦織にとっては、このクラスの選手に安定して勝てるようになることは、最初の大きなステップである。

 そして錦織は、いきなり内容を伴った結果を残す。初戦は、正にギルバートの提唱する「相手より少しだけ強ければ勝つに十分」を実戦したテニスだった。この日の錦織は、グランドスラムの初戦とあり、当然のように緊張はあったという。だがその中で、無理をせずに相手の弱点を確実に突き、我慢するところは我慢する。ウィナーの数も36対34と相手をわずかに上回り、必要最小限の差で、勝利という最大の果実を手に入れた。
 
 2回戦は、その我慢のテニスの上に、錦織の持ち味である攻撃性と創造性がタップリとデコレーションされた、本人をして「理想的なテニス」と言わしめる内容。相手が得意とするスライスの対策を万全に練り、持ち味を封じた上で自らの武器であるフォアの強打で攻める。最後はダイナミックなボレーを決め、彼にしては珍しく、勝利の瞬間に派手なガッツポーズも飛び出した。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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