新市場へとかじを切ったFIFA=ロシアとカタールのW杯開催が意味するもの

カタールのロビー活動

潤沢な資金を持つカタールはロビー活動で威力を発揮した 【Getty Images】

 カタールの決定は、ロシアほど驚きは少なかった。22年W杯招致に向け、天然資源の豊富なこの中東の小さな首長国が費やした資金はとてつもないものだったからだ。22年にはカタールのほか、米国、日本、韓国、オーストラリアの5カ国が立候補していた。日本と韓国については、両者が共催した02年大会からわずか20年と、あまりに早すぎた。1994年大会のホスト国である米国も前述の2カ国ほどではないにせよ、同様の問題を抱えていた。オーストラリアは初開催を狙ったが、オセアニアからアジアに連盟を移したばかりにもかかわらず、地理的にオセアニア初を強調するのは矛盾があった。こうして考えると、この石油産出国に開催権がめぐってくるのは考え得ることだった。とはいえ、投票は最終決戦まで続き、最後にカタールが14対8で米国を振り切った。

 カタールは母国にビッグネームがいない分、他国のスターをうまく利用した。現役時代の晩年、カタールでプレー経験がある現バルセロナの監督のジョゼップ・グアルディオラ、引退後にポロ選手としたカタールでプレーしたアルゼンチンの英雄ガブリエル・バティストゥータ、あるいはアルジェリア系移民の元フランス代表MFジネディーヌ・ジダンらに招致活動への協力を依頼した。ジダンへの成功報酬は1500万ドル(約12億6000万円)とも報じられた。また、FIFA理事でアジアサッカー連盟会長のモハメド・ビン・ハマムも政治力を発揮し、ロビー活動に威力を発揮したと言われる。

リスクはいまだ高いが……

 現地視察団の調査報告書において、ロシアとカタールは決して評価が高かったわけではない。むしろ、ほかの候補国に比べてリスクが高いと指摘されていたくらいだ。ロシアはその広大な国土ゆえに、移動の距離と手段が懸念されていた。空港や国際連絡網の項目で「リスク高」とされていたのだ。スタジアムなどのインフラにも不安が残る。だが、まだ開催までには8年ある。政府が全面的な支援を保証しているだけに、改善は可能だろう。また、14年冬季五輪の開会式・閉会式を行うスタジアムをW杯会場として利用するなど、五輪のインフラを流用できる(その五輪の会場建設やインフラ整備が遅れているという指摘もあるが……)。

 また、カタールも調査報告書ではすべての候補国の中で最低評価だった。特に懸念されたのが、大会が開催される6月、7月の猛暑である。これについては、太陽光発電による冷却システムを利用し、スタジアムの温度を27度以下に保つことが可能だという。とはいえ、キャンプ地、練習場などすべての施設に冷却装置を設置するわけにもいかず、選手をはじめチーム関係者、観客などの健康面でのリスクはあるだろう。また、9会場を新設、3会場を改修するスタジアムなど、インフラ面にも不確定要素が多い。しかし、カタールもまた政府保証がなされている。国の威信をかけて整備するだろう。

 それでも、決定はなされた。あとはW杯開催に向けて突き進むだけだ。ロシアとカタールのW杯招致成功を受け、ここにFIFAのメッセージが読み取れないだろうか? 2カ国の共通項があるとすれば、投票権を持つ理事22人に訴え掛ける要素があったことだろう。中東のカタール、東欧のロシアのW杯開催は、共に世界のサッカーチャートを塗り替える出来事である。それぞれの地域で初のW杯開催であり、そこには巨大な新しいマーケットが横たわる。FIFAが市場開拓を重要視しているのは10年南アフリカ大会でも見られたことだが、今回はさらに拍車がかかった印象だ。

<了>

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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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