アクシデントを乗り越え、強くなった安藤美姫=フィギュアスケート・ロシア杯

青嶋ひろの

「今はスケートが楽しい」

ロシア杯では精神面での成長も強く印象付けた 【森美和】

 確かに、ロシア杯出場3回、しかも今回はディフェンディングチャンピオン。モロゾフコーチとともにモスクワで練習する機会も多く、レストランでの注文くらいならロシア語でこなしてしまう安藤にとって、この場所はなかばホームだ。現地の日本人学校に通う女の子に安藤の掲載された雑誌をプレゼントしたら、皆が大喜び。何よりも彼女自身の積み重ねによって、日本を遠く離れた場所でも多くの味方を得たのだろう。

 しかし、そればかりがプラス要素ではないはずだ。たとえ大きな声援があっても、以前の安藤ならば、アクシデントを引きずったままの演技を見せていたかもしれない。応援の声だけでなく、彼女自身の内側に、この場を乗り切るための強さがあったはずだ。
「確かに……以前の自分だったら、気持ちの弱さが全部演技に出てしまったと思います。プログラムでは、自分の感情そのままに滑ることを心掛けていたので、弱い気持ちの時はそのまま弱い演技をしていたし、伝えたい気持ちがそのままうまく出せたとしても、結果につながらないことが多かった。だから、『安藤は結果を出すべき選手なのに、自分勝手に滑っている』なんて、批判されたこともあります。
 それならばと、試合では自分の感情を表に出さないように心掛けたこともありました。でもやっぱり気持ちのままに滑らないと、演技がしっくりこないんです。だから最近は、自分の感情をしっかり入れながらも、強くなるには、結果を出すにはどうすればいいんだろうって考え続けてきて……。考えながらいい練習を積むことで、気持ちを押し出して、かつ強くなる方法、なんだか見つけかけてるかな? 少しずつですけれど、そんな気がします。
 それから今は、なんといってもスケートが楽しいんですよ! オリンピックの前くらいからかな、スケートをやってきて良かったと、本当に思えるようになって……。楽しいから、きっとなんとかなる。この試合も強い気持ちで頑張れば、神様も見ていてくれるし、力を貸してくれる。そんな前向きな気持ちになれたんです」

三拍子そろったチャンピオンの誕生に期待

 トリノ五輪から、バンクーバー五輪までの4年。安藤美姫は大きく成長したが、最も大きな成長は芸術面。女性として、スケーターとしての美しさが大きく増したことを、ことあるごとに評価されてきた。特に今シーズンは、6月の時点で3つものショーナンバーを用意し、日替わりでアイスショーの観客を喜ばせるという、プロのショースケーター並みのエンターティナーぶりを見せている。
 そんな表現者としての成長に比べれば、少し物足りなく見えたのは、競技者としての成長。試合ごとの波は大きく、世界チャンピオンらしくどの試合でも盤石さを見せつけるまでは、どうしてもいかない。昨シーズンもグランプリシリーズで2連勝しながら、全日本選手権は4位、メダルを狙えた五輪では5位。本人も言うように、「精神的に弱い」そのイメージは、どうしてもぬぐい去れないできたのだ。
 しかしロシア杯での、アクシデントを乗り越えての逆転優勝。これでグランプリシリーズは昨年から通算4連勝。当然ファイナル進出も最高ポイントで決めるという、見事なアスリートぶりだ。フリー前には、「またケガを言い訳にしている」などと辛口だった記者も、「見なおした。確かに安藤は強くなったと思う」と感服するほどだった。

 アイスショーで表現者としての成長を見せ、2大会連続で5連続ジャンプを成功させて技術面の安定感を見せ、さらに今大会は心の成長も強く印象付けてくれた安藤美姫。これならば今シーズン、この先も大いに期待できるのではないだろうか。グランプリファイナルはもちろん、全日本選手権で、世界選手権で。天才的なジャンプ、極上のパフォーマンス、そして強じんな心、三拍子そろった美しきチャンピオンの誕生を、期待していいのではないだろうか。

<了>

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著者プロフィール

静岡県浜松市出身、フリーライター。02年よりフィギュアスケートを取材。昨シーズンは『フィギュアスケート 2011─2012シーズン オフィシャルガイドブック』(朝日新聞出版)、『日本女子フィギュアスケートファンブック2012』(扶桑社)、『日本男子フィギュアスケートファンブックCutting Edge2012』(スキージャーナル)などに執筆。著書に『バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート 最強男子。』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』(角川書店)などがある

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