高橋大輔が引き上げたフィギュア界=日本男子に黄金時代到来

青嶋ひろの

2連勝でGPファイナル進出決定

高橋の存在が、男子フィギュア界に黄金時代をもたらした 【坂本清】

 さて、その高橋大輔。現在、日本男子フィギュアスケート黄金時代の中心人物。というよりも、世界の男子フィギュアスケートの中核に位置する人物は、現在、NHK杯、スケートアメリカと2連勝中。結果だけを見れば、「今年は高橋で決まりだろう。敵はいない」とのシーズン前の下馬評通り、順調にGPファイナル進出を決めてしまった。とはいえ2戦とも、特にスケートアメリカではジャンプミスが目立ち、貫録とプログラムコンポーネンツの高さで優勝はしたものの、これで大丈夫か? という試合内容ではある。
 しかしこの点は、それほど心配はいらないだろう。現在、2シーズン前に断裂した右ひざの靱帯(じんたい)が順調に回復しており、ひざのバネがより効きやすくなるなど、回復過程での変化がわずかながらあるのだという。その変化にまだ体が対応しきれず、ジャンプのタイミングなどを微妙にコントロールしきれていない――。そんな、長光歌子コーチの説明もあった。決して練習不足などではないから、シーズン後半の大きな試合には必ず合わせてくると見ていい。

 それよりも驚くのは、失敗してもこれだけ点数が出る、プログラムコンポーネンツの高さである。高橋はただのチャンピオンではなく、世界中のジャッジや関係者、フィギュアスケートファンに愛されるチャンピオン。それは、パフォーマンスとしてのフィギュアスケートの質の高さゆえである。
 スケートアメリカのフリーでも、ジャンプを失敗し続けながら、ステップワークや振付けには少しもミスの影を落とさず、フロアダンサーよりも高いレベルでピアソラのタンゴの世界観を描き切ってしまった。プログラムを作る際には音楽選びから徹底してこだわり、「氷の上で自然に体が動き出してしまった」この曲を、今季のプログラムに選んだという。練習が終わってもリンクの周辺で歌いながらダンスをし、踊るように日々を生きる姿も、やはり日本の男子選手たちに大きな影響を与えている。

「僕なんか踏み台にして」

 さらに、これは今回の演技を見ていても伝わってきたと思うのだが、高橋には踊りのセンスや表現の才能だけでなく、スケートに対する確かな思い、滑ることへの意識の高さがある。ミスの続く演技をしても、「今の状態の範囲内であっても、自分の目指すスケートに少しでも近づく演技をしたい」と言う。だから転倒をしても気持ちが途切れることはないし、ミスのないクリーンな演技以外に、試合ですべきことがあることを知っている。「常に僕の心の中、気持ちの底に描く、『これが理想!』という完ぺきなスケートがあるんですよ。でも完ぺきすぎて、きっとそこまではたどりつけない」そんな思いがあるから、どんなに「完ぺき」に近い演技をしたときでも、満足することはない。こんな高橋を知っているから、日本の男子選手たちは、そろってジャンパーでありながら、パフォーマンスを磨くことへの思いが強い。「大ちゃん」が自分の演技に満足していないのだ、彼らが満足するわけにはいかない。

 そして蛇足になるがもうひとつ。世界チャンピオン高橋は、日本でも有数のトップアスリートでありながら、素顔は少し照れ屋で、ひょうひょうとしていて、決して偉ぶるところがない。貫録の優勝を果たしても「僕のようなおじさん世代が、どこまで若い選手たちと戦っていけるか……、がんばらないといけないですね」などと、さわやかに笑う。彼にあこがれてうまくなり、初めてアイスショーで同じ舞台に立つことになった若い選手がいれば、気さくに声をかける。だから日本の男子選手たち、みなそろって素直で人当たりのいい、さわやかな男の子たちばかりだ。「大ちゃん」が威張っていないのだから、彼らが威張るわけにはいかない。

 今シーズンを皮切りとした、日本男子シングル黄金時代。高橋大輔を中心に、彼を追いかけるように男子選手たちが花開いていくこの時代を、後の世の人たちは「高橋時代」とでも呼ぶだろうか。
「いやいや、僕なんかお手本にしていたらダメですよ! 僕なんか超えて、踏み台にして、みんなにはもっともっと『上のフィギュアスケート』を目指してもらわないと!」

 世界チャンピオンは、フィギュアスケート史に名を残すこの男は、本気でそう思っているのだ。

<了>

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著者プロフィール

静岡県浜松市出身、フリーライター。02年よりフィギュアスケートを取材。昨シーズンは『フィギュアスケート 2011─2012シーズン オフィシャルガイドブック』(朝日新聞出版)、『日本女子フィギュアスケートファンブック2012』(扶桑社)、『日本男子フィギュアスケートファンブックCutting Edge2012』(スキージャーナル)などに執筆。著書に『バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート 最強男子。』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』(角川書店)などがある

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