存続への道筋は? 運命の9月21日を前に=東京ヴェルディの土壇場勝負2

海江田哲朗

クラブハウスの電気代を3割カット

存続危機に揺れる東京Vだが、キャプテンの富澤は「バネにするくらいの気持ちで」と前を見据えている 【写真:北村大樹/アフロスポーツ】

 京王稲田堤の駅前からバスに乗って約5分。バス停から緩やかな坂道、見慣れた風景の中を歩く。この坂を登りきったところにランド(東京ヴェルディの練習場)はある。昔から、ずっとここにある。
 今年は戦後最も暑い夏だそうだ。少し歩くだけで流れる汗が首筋をつたった。クラブハウスの玄関をくぐると、むわっとした空気。館内の余分なスペースはクーラーが効いていない。節電のためだ。こういった細かい部分を見直し、電気代を3割程度カットできたという。

 クラブハウスの中は静かなものである。Jリーグ主導の経営となり、内部の混乱から脱したことで職員はそれぞれの業務に集中できる環境となった。やや落ち着きすぎているようにも感じるが、そこかしこでバタバタしている様子が散見されるようだと、それはそれで問題だろう。
 グラウンドでは、強烈な日差しを浴びながら選手が駆けている。川勝良一監督の練習メニューはハードだ。両足をつった上、熱中症になって運ばれていった選手もいた。チームは変わらず好調を維持し、リーグ6位につける(天皇杯では6年連続初戦敗退という不名誉な記録を更新したが)。J1昇格圏の3位ジェフユナイテッド千葉とは勝ち点6差。あともうひと伸びで、尾っぽに手が届きそうだ。

「ヴェルディの選手としてプライドを」

 キャプテンの富澤清太郎は言う。
「昨年は夏ごろに身売り話が報じられ、その後チームの成績が下降していきました。もちろん、僕らは目の前の試合に全力を傾けようとしていたし、そんな影響を認めたくはないけれど、結果的にそうなってしまった。今思えば、選手全員がサッカーに集中し、ひとつの方向を向くのはやはり難しい状況だった。高木監督(当時/現ロアッソ熊本監督)からも気持ちの揺れを感じました。唐突に足元がグラつき始めたのだから、それが普通かもしれない。ただ、同じことを繰り返していたら意味がない。今度こそは持ちこたえ、逆にバネにするくらいの気持ちでやっています」

 富澤は今年になって急激に変わった選手のひとりだ。今までは良く言えばマイペース、悪く言えば自分のことで精いっぱい。勝負への執着心や向上心の強さが空回りすることも珍しくなかった。ところが、現在は冷静かつアグレッシブな守備でチームを支え、さらに言葉の端々にけん引する立場の自覚を漂わせる。5月30日の横浜FC戦後、「あのタイミングで、みんなの力がいると伝える必要があった」と、サポーターに対して感謝のメッセージを掲げたのも富澤が仕掛けたものだ。腕章を託した川勝監督は「これからクラブを背負って立ち、ワンランク高いステージへと上がるために明確な役割を与えた。期待以上の成長を見せている」と、してやったりの顔である。

「プロとして、ヴェルディの選手として正しいプライドを持とう」
 川勝監督は選手たちにそう語りかける。報酬の高い安いは関係ない。プロならば、ファンがお金を払っただけの価値を認めるサッカーを見せなければならない。このクラブには輝かしい歴史や伝統がある。しかし、それにかかわった選手はこの場にひとりもいない。大事なのは、これから歩む道だ。自分たちの力で新しい歴史と伝統を作るんだ、と。

「志向するパスサッカーが形になるまで、3カ月か、半年か、それとも丸1年かかるか、手探りの状態から始まった。思ったより早く、選手たちがモノにしてくれたね。最初のころは『ここにいるメンバーでJ1に行くぞ。シーズン中の補強は一切ない』と話しても、本気にするのは少数だったが、徐々に増えて今はみんなその気になっている。この苦しい状況で本当によくやってくれているよ。心から感謝し、彼らを尊敬している」(川勝監督)

 過去、東京Vは親会社にどっぷり依存し、実像に見合わない経営を行ってきた。財布の中身を気にせず手当たり次第に補強したり、でたらめなやり方を押し通す中、ひとつだけ貫いてきた方針がある。育成組織の重視だ。昨年あたりからコストカットが進められたが、それまでの年間予算は約5000万円(人件費除く)。関係者の話によると、これだけ多額な費用を使うクラブはほかにないという。しかし、選手や指導者などサッカー界に数多くの人材を輩出しつつも、トップの強化にはつなげられなかった。そういったちぐはぐな行いの延長線上に現状がある。

 今季、トップチームの主力には育成組織を経た選手が多く、本来はユース所属ながらトップに定着した高木善朗など、将来有望な若手もバンバン出現している。また、東京Vユースは東京都サッカートーナメントを勝ち抜き、天皇杯に出場した。惜しくも1回戦で散ったが、高校生年代のチームが強豪ひしめく東京都の代表になるのは史上初の快挙だ。
 クラブの存続危機に際し、ランドで育った選手たちがまばゆいばかりの輝きを放つ。これはただの偶然だろうか。もし、長年にわたって育成組織に力を注いできたことが東京Vを救うとしたら、それだけはとても正当なことだと思える。

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著者プロフィール

1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディを中心に、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『週刊サッカーダイジェスト』『サッカー批評』『Soccer KOZO』のほか、東京ローカルのサッカー情報を伝える『東京偉蹴』など。著書に、東京ヴェルディの育成組織にフォーカスしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)がある。

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