根拠のある速球勝負を見せた興南・島袋=タジケンの甲子園リポート2010

田尻賢誉

グラウンドで何百回も言っている

 いきなり、だった。
 4回1死、仙台育英高が投手を田中一也から木村謙吾にスイッチした直後。代わりばなの初球で、興南高・我喜屋優監督は動いた。一、二塁の走者が同時にスタートして打者が打つ。ヒットエンドラン。我如古盛次の打球はファウルになったが、予想もしない、度肝を抜かれるさい配だった。
「代わりばなだからピッチャーはけん制をする余裕がない。けん制したとしても、殺すけん制はないんです。ヒットエンドランだけど、あれは振らなくても良かった。振らなきゃ(盗塁は)セーフ。完ぺきなスタートでしたからね。ボールか空振りなら良かった。バッターからはスタートが見えるはずなんです。でも、(スタートを見て)打たないのは社会人レベル。高校生だからしょうがないですね」
 大昭和製紙北海道を率いて都市対抗の経験も豊富な我喜屋監督。成功こそしなかったが、百戦錬磨の名将らしい相手のスキを突く“気付き”だった。

 そんな監督に日常生活から鍛えられている興南ナインだけに、試合でも随所に“気付き力”を見せた。それが際立ったのが、4対1と3点リードで迎えた7回のピンチ。無死から二塁打、四球で一、ニ塁とされると、すかさず捕手の山川大輔がタイムを要求。内野陣をマウンドに集めた。
「ひとつのアウトに集中しようという話でした」(エース・島袋洋奨)
 我喜屋監督は伝令を出さない。「社会人でやってたから、自分でマウンドに行きたくなっちゃうんだよ」と笑うが、それだけが理由ではない。
「伝えたいことはグラウンドで何百回も言っている。あえて試合中に言わなくても、分かっているはずです」

ピンチでも冷静な判断

 ピンチで普段言われていることを忘れず、冷静に実行するのは、高校生にとって難しい。だが、それができるのが興南ナインだ。それを象徴するのが、ファーストの真栄平大輝。ベースから離れて守っていたが、一、ニ塁から島袋が8番の嵯峨日明に対して1ストライク2ボールとカウントを悪くすると、けん制をするよう合図を送った。
「一塁ランナーが(投球モーション中に)ちょこちょこ出たり(偽装スタートなど)動いたりして洋奨を揺さぶるようにやっていた。(リードを)縮めるためにも、けん制を入れました。あのときは球場全体が育英の押せ押せの雰囲気になっていたし、相手がどんどん来てるのに、洋奨もどんどんいっていた。声が届かなかったので合図しました。“間”をおけたかなと思います」(真栄平)

 実は、島袋と真栄平にはけん制で苦い思い出がある。今春のセンバツ決勝・日大三高戦。2回2死満塁の場面で、けん制が悪送球となって2点を先行された。
「あれでビビッてたらダメなので。あのときは(深い守備位置から)後ろから回って失敗したんですけど、今日は(守備位置が)前だったのでいつも通りできました」(真栄平) これだけではない。真栄平は声によるけん制もしていた。
「『(ランナーが)大きく出てるぞ』とか『チェック(けん制)入れろ』と言ってけん制をしたり、その逆を言ったり。いろんな声を出してけん制をしろと監督に言われているので」(真栄平)
 このけん制でひと呼吸入れて落ち着いた島袋は、嵯峨を見逃しの三振に斬って取った。

1年生のボールボーイもしっかり仕事

 島袋はこの後、2死満塁までピンチを広げるが、嵯峨以降の4人に対し、全球ストレート勝負で抑え切った。一見、危険な配球のように見えるが、島袋は理由をこう説明する。「一番自信があるのが真っすぐですし、勝負できるのも真っすぐなので。(打者が)真っすぐしか待ってない感じはしましたけど、勝負球でないボールで勝負してもダメなので。今日は変化球がワンバウンドになることが多くて、確率が低かった。ピンチだと(変化球は)パスボールを意識してしまうので」
 自分の出来、状態を把握し、根拠を持ってストレートを選択した。昨年までの「ストレートで打たれたら悔いがない」という理由のない選択ではなく、「今日の変化球ではダメ。ストレートなら勝負できる」という根拠のある選択だったことが、球場内が歓声と悲鳴に包まれた佐々木憲の大打球をフェンス前で失速させた。

 また、試合とは関係ないが、興南高はボールボーイも素早かった。一塁側の興南高が主審にボールを届ける役割を担っていたが、ファールやワンバウンド投球の後など、主審が投手にボールを1球投げるごとに、ダッシュでボールを渡しに行っていた。
「1球投げたら2球ずつ持っていくようにしていました。ボールを途切れさせないように意識していました」(ボールボーイ・高良尚武)
 高良はまだ1年生。ボールボーイが主審にボールを持ってくるように要求されたり、ベンチの控え選手がバット引きに来なかったり、攻撃が終了後も次打者席に滑り止めが置きっぱなしになっていたりするのも珍しくないが、1年生がしっかりと仕事をしていたところに興南高の強さの秘密が隠されている。

 141球を要し、「ちょっと疲れました」と言った島袋。夜8時まで試合をしており、休養時間が少なくなることも気になるが、頼もしいセリフを吐いた。
「沖縄にいるときから連投を考えてやってきました。明日、やっとその成果を見せれるなと思います」
 週末のみ試合が行われる沖縄大会中には、初戦突破後の1週間でおよそ1000球の投げ込みを敢行。多いときは1日200球を投げ、暑さの中での連投対策をしてきた。
“気付き力”はまた準備力にもつながる。準備は万端。疲労が残る中、島袋がどんな投球をしてくれるか楽しみだ。
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

新着記事

編集部ピックアップ

「最低限のスコア」西郷真央が日本勢最高3…

ゴルフダイジェスト・オンライン(GDO)

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント