遊学館に見る機能的な道具の使い方=タジケンの甲子園リポート2010

田尻賢誉

似つかわしくないリュックに衝撃

 ちょっとした衝撃だった。
 試合を終え、引きあげてきた遊学館の選手たちのカバンが普通ではなかったからだ。高校球児定番のショルダーバッグではなく、リュック型。ユニホームに似つかわしくない姿に一瞬、違和感があったが、そこは山本雅弘監督。何か考えがあるはず。その理由を中川光雄部長に尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「身体のバランスです」
 定番のショルダーバッグでは、どちらかの肩に負荷がかかる。中身が重ければ重いほど身体もどちらかに傾いてしまう。重いバッグをかついで長時間の移動をくり返せば、自然と身体が傾く癖がついてしまう。これが怖いのだ。その点、両肩に均等に重さがかかるリュックならバランスが崩れる心配がない。それを考慮して今大会から導入した。

遊学館史上最強打線の秘密は「軸」

 打撃指導に自信を持つ山本監督が、指導する際に最も重要視するのが「軸」。頭のてっぺんから、お尻の穴がやきとりのように一本の棒で串刺しにされているイメージだ。ステップする際に前に突っ込んだり、後ろに残ったり、前のめりになるのはダメ。その軸を崩さないまま回転して打つ。もちろん、打撃練習でも軸を意識させた打ち方をさせる。中でも、強打の遊学館打線の源となっているのが「遊学館ハーフバッティング」。通称・“遊ハー”だ。
 打者は投手に対して、通常の90度ではなく、45度の角度で構える。打つのは外角のスローボール。緩い球に身体の軸をぶらさずにステップし、逆方向にライナーで打ち返すのが理想だ。ボールをとらえるのは身体の前。そこが一番力が出るポイントだからだ。左右両打席で本塁打が打てる好打者・水野一世も、いつも軸を意識して“遊ハー”を行う。「身体が前に行かないように、顔を残すのを意識しています」
 入学直後はなかなか「遊ハー」でうまく打てなかったという1年生レギュラーの小林恵大も、徐々にではあるが軸回転の打撃をマスター。「飛距離が変わりました」と手応えを口にする。石川県大会でチーム打率3割7分9厘をマーク。山本監督が「遊学館史上最強打線」と表することしの強打の秘密は「軸」の意識にある。だからこそ、リュックなのだ。身体のバランスが崩れれば、当然、軸にも影響してしまう。普段から身体のバランスを考え、意識することで、思わぬ不調の原因をつくらないようにしている。

動きやすいプリント型のユニホーム

 ちなみに、ユニホームの胸の文字を刺しゅうからプリント式にしたのも遊学館が一番だった。「小嶋(達也、現阪神)が雨でびしょびしょになって投げづらそうにしていたのがきっかけです。あの後、すぐに変えました」(中川部長)
 2003年のセンバツで雨の中、近大付高と対戦。刺しゅうに水が染み込み、ユニホームが重くなったことで投球に影響してしまった反省からプリント式を採用したのだ。重さもなく、「ほとんどTシャツと一緒です」(中川部長)と動きやすい。今春のセンバツで校名が大きく刺しゅうされたユニホームを着た某校の選手が、「刺しゅうが腕に引っかかって動きにくいんです。甲子園になって、字が一回り大きくなったんで余計です」と嘆いていたことを考えれば、非常に機能的だ。
 ちなみに、遊学館高はユニホームの色もおそらく全国唯一のピンク色。山本監督によれば「しょうが色」とのことだが、ファンなどにも一発で覚えてもらえるだろう。
「おしゃれな色? 私がおしゃれですから(笑)。リュックもいいでしょ。ユニホームのプリントもそうでしたけど、メーカーは新しいものは私に言えば何でも通ると思ってるんですよ(笑)」
 山本監督は冗談でけむに巻いたが、なかなかどうして。カバンひとつでも、いかに機能的に、いかに野球の動きや技術に結びつけるか。当たり前のように使っている道具も、考え方、使い方次第でもっと野球につなげることができる。
 リュックとバランス、軸。
 遊学館高の活躍いかんでは、全国に新たなブームが生まれるかもしれない。
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント