ウィンブルドンJr.準優勝、17歳石津幸恵の可能性=テニス

高野祐太

妥当な結果だった、41年ぶりの快挙

ウィンブルドンジュニアで準優勝の結果を残した石津幸恵。低迷気味の日本女子テニス界に、希望の光が差し込んだ 【Photo:ロイター/アフロ】

 世界ランク50位以内に1人もいない、低迷気味の日本女子テニス界にあって、現状を打破してくれるかもしれないニューヒロインが誕生した。ジュニア世界ランク10位、17歳の石津幸恵(茨城・土浦日大高3年)がウィンブルドンジュニア選手権(決勝=英国時間3日開催)の女子シングルスで準優勝を果たし、日本人41年ぶりの四大大会ジュニア制覇まであと一歩に迫った。メジャータイトルは逃したが、決勝進出自体が41年前の1969年に優勝した沢松和子以来で、往年の名プレーヤーと肩を並べる快挙。四大大会ジュニアの決勝進出では、93年の全米ジュニアで準優勝した吉田友佳以来17年ぶりだった。大会後、石津はジュニアランク5位に上昇した。

 かつて、伊達公子が世界ランク4位にまで上り詰め、杉山愛は昨年引退するまでダブルスの女王として君臨していた。ところが、現在の日本女子テニス界は、現役復帰したクルム伊達公子(エステティックTBC)が世界ランク60位付近でトップにいる状況。四大大会本戦出場の目安である100位以内には、ほかに90位付近に森田あゆみ(キヤノン)がいるだけ。そこに登場したのが石津だ。若手の中では、120位前後まで上昇して来た奈良くるみ(大産大)などの陰に隠れてあまり目立たなかったが、ついにスポーツ紙の大見出しが立つ成果を挙げた。

 今回のウィンブルドンで準決勝に進んだ第10シードの石津は、2年前の覇者、第8シードの地元ローラ・ロブソン(英国)と完全アウエーの状態で戦うも、7−5、7−6のストレートで撃破。決勝は第9シードで5月にストレート負けを喫している強敵クリスティナ・プリスコバ(チェコ)に対し、第1セットを3−6で失った後、第2セットを6−4で取り返してセットカウント1−1のタイに。攻撃的な姿勢を崩さないプレーが目の肥えた観客をうならせる。最終第3セットは一時4−2とリードしたが、その後に4ゲーム連取されて4−6のスコアで惜敗した。
 周囲は好成績を大いに喜び、もう一歩だったタイトル奪取をもったいなくも感じた。昨年のこの大会は2回戦敗退だったし、今年1月の全豪ジュニアでも2回戦で負けていたから、予想を超えた活躍ととらえる向きもあった。だが、既にシニアの舞台であるツアー下部大会を5回も制するなど、急速に実力を高め、1年前の時点で世界との差を詰めた手応えのあった石津にとっては、いつ出てもおかしくない妥当な結果だった。
 コーチとして帯同した父親の泰彦さんは「狙い通りの結果だった」と、淡々と振り返った。
「グランドスラムジュニアが急激にレベルを上げている中での準優勝でした。大会前から、ランキングはあまり関係なく、ロブソンとプリスコバ姉妹がライバルだと考えていて、その通りになりました。かなりの確率で優勝すると思っていましたが、逆転したりされたりはよくあること。最後の最後に優勝カップが滑り落ちただけだと思っています」

「目標は、ウィンブルドンでの優勝」

 石津は、小学6年で全国小学生選手権女子シングルス、中学3年では全国中学選手権女子シングルスなどの国内タイトルを獲得し、14歳以下と16歳以下の日本代表も務めた。だが、年上の国内の強豪を次々と倒すほどの圧倒的な成績だったわけではなかった。それでも、小学5年生のころから石津の成長過程を見てきた者からすると、医師である泰彦さん、母親の敏恵さんと三人四脚で世界を見詰め続けて来た姿勢が、ここまで揺らぐことはなかったように見える。折々に口にした「ウィンブルドンのセンターコートに立って優勝することが目標」という言葉には、「本当にやってくれるかもしれない」という不思議な現実味が帯びていた。
 そう思わせる要因は、良質のショットとそれを打ち出す強い意志にあった。通常、ジュニア世代では、攻めずに山なりの返球をする戦略の方が勝ち星をひろえる場合が多いが、それでは世界での将来はない。それが分かっている石津は、攻撃的な戦い方を崩したことはなかった。今大会でも、柔らかいタッチでとらえたボールは、直線的な低い弾道で相手コートに広角に決まっていった。泰彦さんは「つなぐテニスを一度もして来なかったのが良かったですね」と言っていたものだ。
 今回の成果で最も素晴らしいと思うのは、そんな小さなころからの挑戦を貫き通し、言葉通りにここまで上り詰めて来たことだ。ジュニア時代を一歩ずつ着実に過ごし、いよいよ表舞台に飛び立つ段階に入ったのだ。世界と戦える次世代のホープに成長しつつあるという感慨と期待が高まる。

「これで世界ランクのトップ20位から30位が見えてきたのではないでしょうか」
 泰彦さんがメールで伝えて来た次なる目標には、さらに厳しくなる戦いを迎え撃とうという気概が込められているかのようだ。ランク20、30位と言えば、トップとの差はそれほどない。例えば、今回のウィンブルドン女子シングルスで準優勝したベラ・ズボナレワ(ロシア)は大会前の時点で21位だった。いつでも転覆を狙える実力者がひしめいているレベルなのだ。段階を踏むにしても、そういう領域の手応えが生まれているということは注目に値する。
 そして、石津自身の気持ちに妙な満足感のないところが頼もしい。決勝戦の敗戦直後には悔しさで涙を流したし、「でも準優勝も素晴らしい」と喜びもした。だが、翌日には過去のことと忘れかけているくらいだと言う。あくまで、目標はシニア部門の四大大会に勝つことだから、ここで余韻に浸っている暇はないというわけだ。そうして、チャンピオンパーティーを終えた翌朝にはもう、慌ただしく翌週の下部ツアー参戦のためスペインに向かった。テニス選手の宿命である転戦転戦のツアー生活はこれからも続いて行く。

<了>
◇プロフィール◇
石津幸恵/Sachie Ishizu
1992年9月3日、東京都生まれ。4歳でテニスを始め、へき地医療に携わる医師の父親の転勤で、小中学生時代を福島県と北海道で過ごす。2004年全国小学生選手権単、06年全日本ジュニア14歳以下単複、07年全国中学選手権単など、多くの全国大会を制覇。08年、ツアー転戦に理解のある茨城県の土浦日大高に進学。その年からウィンブルドンジュニア選手権に出場し、同年が1回戦、09年が2回戦だった。趣味はピアノを弾くこと。
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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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