今こそ求められるストライカーの育成=世界にあって、日本になかったもの

清水英斗

オランダ戦の岡崎のシュートはセオリーが欠如

オランダ戦の終了間際、岡崎(右)のシュートはゴール上に外れたが、この場面ではファーポストに向けて打つべきだった 【ロイター】

 では、どうすれば決定力を高めることができるのか? 「ストライカーは天から与えられる才能」と表現されることがあるが、その中にも基本は必ず存在する。例えば、オランダ対日本の終了直前、長友佑都のクロスを田中マルクス闘莉王が落としたボールに対して、岡崎慎司が飛び出してボレーシュートを打ち、外したシーンを考えてみよう。

「イタリアでは、シュートをファーポスト(反対側のポスト)に向けて打つことがセオリーとされています。岡崎の飛び出しはタイミングが早くて良かったのですが、できればシュートをファーポストに向けて打ってほしかった。その理由は、GKがニアサイド(ゴールへの最短距離)を防ごうとする動きに対して、重心の逆を突くことができるからです。そして、仮にシュートが決まらなかった場合でも、ファーポストを狙っておけば、GKがはじいたボールがゴール前に詰めた味方選手の前にこぼれたり、あるいはキックミスがそのままクロスになってほかの選手が押し込むなど、決定機が生まれやすくなります。
 以前、イタリアのリッピ監督は、これをチームの約束事として全員が守るように指導したことがあるそうです。それにより、シュートに対して味方選手が『こぼれるはずだ』と決断力を持ってゴール前に押し寄せることになります。強豪国はゴールを奪うためにここまで徹底するのです」

 同じシュートチャンスでも、セオリーを知っておくことで、個人のアクションが決定的なシーンにつながる可能性が高まるのである。実際、このファーポストのセオリーが実を結んだ例を、われわれはよく知っているはずだ。日本が初めてW杯出場を決めた1997年、ジョホールバル(マレーシア)でのイラン戦を思い出してほしい。中田英寿がドリブルからファーポストに向けてシュートを打ち、こぼれ球に岡野雅行が詰めて日本は決勝点を挙げた。これは中田が持つ個人の決定力によって、試合の均衡をぶち破った場面と言えるだろう。また、その場所にきちんと詰めた岡野の決定力も見逃せない。
 一方、今大会の岡崎が決定的なシーンを生み出すアクションを起こせなかったのは、決定力を生み出す土台となるセオリー、中田が実践していたセオリーが欠如していたことが原因の1つと考えられるのだ。

 また河村氏は、シュートを打つ際に、“ボールに100パーセント集中すること”の重要性についても指摘する。
「日本では、まずボールを見て、そしてゴールを確認し、もう一度ボールを見て蹴る、と指導されることが多いように思います。もちろん余裕があれば、ゴールを見て、GKの動きを確認してもいいのですが、イタリアの場合、シュートシーンでは“一心不乱に打て”とコーチは指導します。コーナーフラッグやゴールエリアのラインなど、間接視野に入ってくる物からゴールの位置を感じ取り、ゴールに目線を向けることなく、全神経をボールに集中させて蹴るのです。
 かつて、デルピエロ選手に話を聞いたときも、同じことを言っていました。シュートミスの多くは、軸足を置く位置がズレたり、ボールをしっかり見ていないなど、初歩的なテクニックによるものなので、まずはキック動作そのものに集中させることが大切です。指導者はシュートが外れる原因を見極める力が求められるのです」

真剣勝負でなければ、決定力は育たない

 このほかにも、ドリブル打開のセオリー、スペース侵入のセオリーなど、身につけるべき基本は数多く存在する。ストライカーの育成については、才能に頼る部分も大きい。しかし、現時点の日本サッカーを見ている限りでは、このようなゴールを決めるための基本が十分に指導されておらず、まだまだ伸ばすべき部分が多く潜んでいるのは間違いない。それは一朝一夕に達成できるものではなく、“人を育てる努力”が必要になる。それについても、河村氏は非常に気にかかることがあるという。

「わたしが日本サッカーの育成を見ていて感じるのは、日本全体が“テストマッチ病”にかかっているということです。例えば、試合スケジュールの組み方。特に何の意図もなく、30分のゲームを3本行うようなものですね。それにいったい何の意味があるのでしょうか? 最初の2本はスコアをつけて真剣勝負、最後の1本は練習と、はっきり意味付けをするのなら分かりますが、真剣勝負ではないテストマッチを何回も繰り返して、“ボール回しは達成した”、“カバーリングが次の課題だ”とコーチが試合を分析しても、それは練習のための練習でしかありません。プレッシャーのかからない、ゴールを決めても特に喜びのないテストマッチで決勝点を挙げたとしても、それは“決定力”と呼べるものではないのです。
 わたしは、どんなテストマッチでも必ず勝ち負けを明らかにして、味方チームがゴールを決めればベンチから飛び出して大きくガッツポーズをします。また、必ず毎試合、レギュラー組と控えの選手を分けて、ポジション争いをさせます。現状の日本では、年間を通して昇降格を争う公式のリーグ戦が整えられていないので、週末のテストマッチの1つ1つを、真剣勝負の場にすることが何より大切なのです」

 今回のW杯では、河村氏が指導を学んだイタリアは敗退してしまったが、その原因についても、決定力を持ったストライカーの不在が大きかったという。
「ペナルティーエリア内で問題を解決できるストライカーを、イタリアは最後まで見いだすことができませんでした。ジラルディーノにすべてを委ねて、それがうまくいかず、2トップにしたり3トップにしたり……最後までシステムを固定することができませんでした。わたしの友人である、イタリアサッカー協会の元トレセンコーチからメールが来たのですが、『日本は素晴らしいチームだったと思うよ。今回のイタリア代表に学ばせたいぐらいの組織的ディフェンスと集中力だった。結果は残念だったけど、日本もようやくPK負けという苦い思いを味わえるぐらいの位置まで来たということだよ』と、励ましてくれました。
 ストライカーの育成はDF以上に難しいと、イタリアの指導者の間でも認識されています。しかし、その基本となるセオリーは確実に存在するので、それをわれわれのような指導者が意識して身につけさせることが大切なのです」

<了>

河村優/Suguru KAWAMURA
1974年生まれ、広島県出身。UEFA公認B級ライセンスを保有。日本でプロの指導者として幼児から高校生までの育成に携わった後、「日本が世界のトップ10入りするために何が必要なのか?」を自問自答し、イタリアへ渡る。2005年には日本人初のユベントスサッカースクールU−17コーチとして活躍。現在は、TASAKIペルーレFCコーチを経て、姫路獨協大学男子部コーチ・女子部監督を務めている。

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著者プロフィール

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合の深みを切り取るサッカーライター。著書は「欧州サッカー 名将の戦術事典」「サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術」「サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材では現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが楽しみとなっている。

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