光明が差し始めたアルゼンチン代表

戦前の予想を覆す3連勝

ギリシャ戦で途中出場ながらチーム2点目を決めたパレルモ(手前)を祝福するメッシ 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 スーツに身を包んだディエゴ・マラドーナは落ち着いていた。そして突然、会見の席でミッシェル・プラティニへの謝罪の言葉を口にした。UEFA(欧州サッカー連盟)会長がマラドーナの手腕を疑問視していると報じられ、アルゼンチン代表監督はこれに反発していたのだが、誤解だったことが分かったため、態度を改めたのだった。
 グループリーグ第2戦の韓国戦では、致命的な守備のミスから1点を献上したマルティン・デミチェリスのミスを責めるどころか、「あのプレーでチームはさらに団結した」と選手をかばった。ギリシャとの最終戦には、終盤でマルティン・パレルモを起用。このベテランFWとデミチェリスがゴールを決めた。

 こうした数例を挙げるだけでも、代表の未来に少しずつ光が差していることが分かる。アルゼンチンはワールドカップ(W杯)のグループリーグで3連勝を挙げ、第3戦は主力を温存する余裕すらあった。開幕前、母国のほとんどの人――メディアも含めて――は、このような結果を予想することができなかった。アルゼンチンが誇る“カリスマ”とはいえ、監督としての経験がほとんどなく、難しい性格のマラドーナのこと、グループリーグ敗退もあり得る、場合によっては何かスキャンダルな出来事が起こるかもしれないと考えていたのだ。

 だが、ふたを開けてみれば、そうした不安は杞憂(きゆう)に終わった。もちろん、ピッチの上でも、会見の席でも“マラドーナ節”は相変わらず健在だが、それすらもエネルギーに変える勢いが今のチームにはある。南米予選ではなかなか結果が出ず、一時は出場圏外に順位を落としたこともあった。だが、南アフリカに来てようやく、チームは探し求めていた“何か”を見いだしたようだ。選手たちがそろい、一定期間、落ち着いて練習する環境が整い、明確な目標ができた。もともと世界最高の選手と言われるリオネル・メッシをはじめ、タレントは一級品だ。歯車がかみ合いさえすれば、爆発する可能性は秘めていた。

盤石の攻撃陣、やや不安の残るディフェンス

 今大会、メッシはまだ1ゴールも決めていないが、バーに当たる惜しいシュートは放っている。何より、その存在感は抜群で、ゴールが決まるのも時間の問題だろう。レアル・マドリー所属のゴンサロ・イグアインは韓国戦でハットトリックを決め、現在、大会のトップスコアラーである。前述のパレルモはギリシャ戦での出場時間わずか10分強で、1ゴールを決めた。ギリシャ戦では2009−10シーズンのセリエAで得点ランキング2位のディエゴ・ミリート、アトレティコ・マドリーのセルヒオ・アグエロも今大会初のスタメン出場を果たした。攻撃陣に関しては盤石と言って問題ないだろう。
 GKのセルヒオ・ロメロは、軌道が浮きやすく選手たちから不評を買っている公式球の“ジャブラニ”にも今のところうまく対処し、安定したプレーを見せている。

 アルゼンチン代表における唯一の心配点はディフェンスだ。ナイジェリアとの第1戦、続く韓国戦で、マラドーナは右サイドバックにホナス・グティエレスを起用した。だが、彼はもともと中盤の選手であり、ベストポジションとは言い難い。イエローカード2枚による累積警告で第3戦は出場停止になったため、ギリシャ戦では若きニコラス・オタメンディがその穴を埋めた。本来はセンターバックの選手だが、グティエレスよりは適役だと言えるだろう。また、第3戦で左サイドバックを務めたクレメンテ・ロドリゲスは素晴らしいパフォーマンスを見せた。

 もう1つ、言い残したことと言えば、カルロス・テベスのスタメン復帰が挙げられる。本大会に先駆け、マラドーナとメッシがバルセロナで会談を持ったことは以前にも書いた。その時、メッシは2トップの後ろのトップ下のポジションで自由に動きたいと指揮官に伝えており、それ以降、テベスが2トップの一角に食い込んだのだ。まだゴールこそないものの、好調を維持している。また、メッシとファン・セバスティアン・ベロンとのコンビも試合を重ねるごとに良くなっている印象だ。

真価を問われるのはこれから

マラドーナと選手たちはどこまで勝ち進めるか 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 グループBを1位で通過したアルゼンチンは6月27日、ヨハネスブルクで行われるラウンド16で、A組2位のメキシコと対戦する。前回大会のラウンド16のカードと同じで、この時は延長戦のマキシ・ロドリゲスの決勝点でアルゼンチンが勝ち進んだが、大いに苦しめられた。
 実は、両国のつながりは深い。1976年の軍事クーデターの際、アルゼンチンから数多くの人がメキシコに移住しており、かの地にはアルゼンチン人居住区が多いのだ。共にラテンアメリカのチームということもあり、特別なライバル関係にあるのだ。

 アルゼンチンにとっては、24年ぶりの優勝を目指し、ここからが正念場となる。ラウンド16でメキシコを倒したとしても、次に立ちはだかるのはドイツ対イングランドの勝者だ。今後は、グループリーグで戦った相手より、はるかに手ごわいチームが待ち構える。マラドーナ率いるアルゼンチンの真価が問われるのは、これからである。

<了>
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント