甲子園で勝負を決める“ひと振りの力”=タジケンのセンバツリポート2010

田尻賢誉

一発出れば逆転の場面でストレートをファウル

 願ってもない場面だった。
 3点差で9回2死満塁。打順は4番。一発出れば逆転――。
 ここで打席に入ったのが天理高・安田紘規だった。
 9回1死三塁から登板した敦賀気比高・桾沢翔太は、勝利まであと1人となってから四球、死球と勝利を意識して制球を乱している。安田への初球も変化球が外れてワンボール。桾沢はどうしてもストライクがほしい状況に追い込まれた。そして、2球目。内角にストライクのストレートが来た。スイングする安田。だが、打球はファウル……。
 これが全てだった。
 安田は3球目の甘い変化球に手が出ず、カウント2−2からのスライダーで見逃し三振。安田が「自信を持って見送った」という微妙なコースではあったが、結果的にバットを振らずに終わった。
「2球目は真っすぐに絞ってました。あの球で仕留められなかったので……。力不足です」(安田)
 初回2死二塁の場面では1ストライク3ボールから逆球で甘く入ったストレートを逃さずセンターへ先制の三塁打を放っていた安田だったが、最後に悔いを残してしまった。

先制チャンスに「気持ちが空回りした」4番

 こちらも、願ってもない場面だった。
 初回、1死一、二塁の先制機。打順は4番。
 格上相手に、どうしても先制点がほしいところで打席に入ったのは山形中央高・高橋匠だった。
 変化球が2球外れたあと、さらにストレートも外れて3ボール。日大三高・山崎福也はストライクしか投げられない状況に追い込まれた。試合開始から変化球は4球投げて3球がボール。ストライクを取るにはストレートを投げざるをえない状況だ。
 案の定、4球目からはストレートが続いた。
 4球目、見逃してストライク。
 5球目、ファウル。
 6球目、ファウル。
 7球目、ファウル。
 8球目のスライダーをファウルにすると、9球目の内角ストレートで高橋は空振り三振に倒れた。
「真っすぐを待っていたんですけど。打ちたいという欲が出て、気持ちが空回りしてしまいました」(高橋)
 ストレート待ちで、狙い通りストレートが来た。チャンスは3球あったが、そこで仕留められなかったのが全て。結果的には続く五番・縄侃のレフトへのフライが幸運な三塁打となり先制することができたが、ここで無得点に終わっていれば山形中央高の前半の善戦はなかった。

ストレート一本待ちでフルスイングする日大三打線

 対照的に、“この1球”を見逃さなかったのが日大三高打線。
 3回1死一塁から三番・平岩拓路は、2ボールからストライクを取りにきたストレートを見逃さずセンターバックスクリーンにたたき込んだ。
「相手ピッチャーは真っすぐでポンポン攻めてくるので、狙っていました。1打席目は(2ボールから3球目のストレートを)見逃してしまったので、コース関係なく振ろうと思っていました」(平岩)
 2回1死から反撃の口火を切る二塁打を打った五番・山崎も1ストライク3ボールからのストレートを狙い打ち。ストレートでストライクを取りにくるカウントで、その球を確実に長打にする。中軸は1球で仕留める力が際立っていた。
 三木有造コーチは言う。
「(初回山形中央高1死一、二塁の場面)ウチなら『3ボールからいけ、ストライクなら振れ』です。あのカウントからは甘い球が来るじゃないですか。練習でも『ボール球でもタイミングが合ったら振れ』と言っています。振らないと怖さはないですし、振るからフォアボールもある。2ストライクからでも、振って三振ならしょうがないですから」
 日大三高では、1カ所でのケース打撃や練習試合ではもちろん、3カ所でのフリー打撃の際もカウントを2ストライク2ボール、2ストライク3ボールに設定して、1球で勝負する、1球で仕留める練習をしている。打撃練習に費やす時間が多いため、その習慣から「ストライクが来たら反応するクセがついています」(4番・横尾俊健)。
これに加え、ボール先行でストレート一本待ちのカウントなら、迷わず思い切ってフルスイングする姿勢が徹底されている。だからこそ、ミスが少なくなり、長打にもなりやすいのだ。

 投手のレベルが上がれば上がるほど、甘い球は少なくなる。
 少ない甘い球を、いかにミスなく打ち返すことができるか。ミスショットは許されない。
 ボール先行のカウントや変化球が続けて外れたあとなど、“ストレート・ストライク”が予想しやすいタイミングではなおさらだ。
 1球で仕留める力――。
 甲子園は、その“ひと振り”で勝負が決まる。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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