移籍市場から見た2010年以後のJリーグ(前編)=(株)ジェブエンターテイメント代表 田邊伸明氏に聞く

宇都宮徹壱

移籍ルール変更によって選手間の格差が生じる?

名古屋の補強の目玉となった金崎(右)と闘莉王 【写真は共同】

――話を今回のルール変更に戻したいと思います。このFIFAルール導入によって、田邊さんご自身のお仕事にもいろいろと変化があったと思うのですが、一番の変化というと何でしょうか?

 これも当社に限った話ではありませんが、エージェントと契約する選手がぐわっと増えましたね。すごい伸び率だと思う。当社に関して言えば、34名から41名に増えました。ほとんどの選手が、FIFAルール導入によってエージェントと契約したと思う。それが、ルールの改正での一番の変化ですね。

――どうも一般的なファンからすると、これで日本のサッカー界、とりわけJリーグにどのような影響があるのか、今ひとつピンとこない部分があると思うんですが

 6月の理事会でこのルールが決まったときに、大方のメディアの報道は「非常に選手が有利になる」というものだったんです。このFIFAルールを採用することに強く働きかけたのは選手協会だった、ということからも「選手にとって有益なルールなんだ」というふうにメディアも世の中の人たちもとらえていたと。で、当社では7月にこの件でセミナーをやっているんです。その時に言ったのは、選手にとってはいいことだと。契約が満了すれば、次の職を自由に選択できる。ところがそれによって何が起きるかというと、ボスマン判決がそうであったように、一部選手の年俸が高騰する事態になる。つまりチームの経営を圧迫したり、選手の年俸に格差が生まれたりするわけです。

――つまり選手の年俸のあり方そのものが変わっていく、ということでしょうか

 そういうことです。日本のクラブの給料の決め方というのは、年功序列とまでは言いませんが、そのクラブに長く在籍している、レギュラーポジションを確保している、代表選手である、というようなものさしがあるんですね。ところが途中で入ってくる選手は、そういったものを崩す原因になりがちなんです。新ルールになると、そういうことが起こりやすくなるので、年俸の考え方自体を見直さないといけない時代になると思います。
 しかもこの経済状況の中、人件費の総額が変わらずに一部選手の年俸が高騰するとなると、1チームあたりの選手の数を減らすか、ほかの選手の年俸を安くするしかなくなる。実際、J全体でプロA契約の選手は減ってきていますから。すなわち最低年俸480万円というのがA契約なので、それ以下の選手が増えたということですよ。それだけ選手間の格差ができつつある、と言えるでしょうね。

ルール変更によって育成が重視されるようになる?

――逆にルール変更によって、クラブが得られるメリットは何でしょう?

 現状、クラブがメリットとして実感しているのは、いい選手を移籍金なしで取れるかもしれない、ということですよね。それと、今はメリットとして感じられないかもしれないけど、フットボール界全体で考えるなら、選手を見る目がより養われないといけなくなる、ということ。これは今の選手の状態ではなく、若い選手が将来こうなるであろうというポテンシャルを見るようになる。

――そこで複数年契約を結ぶかどうかを判断するわけですね

 そういうことです。そうなると、これも今はメリットではないだろうけど、ユースがより大事になる。いかにユースを活性化させて、どれだけ選手をトップに送り出していくかということが重要になってくる。そうすると、ユースの指導者にお金をかけるようになる、と思うんです。

――なるほど。確かに今はまだ、育成年代のプロフェッショナルって日本では少ないですよね。選手を引退したら、とりあえずスクールのコーチから、という感じですから

 これからは、そうじゃなくなると思いますよ。何年か前に神戸が、滝二(滝川第二)の黒田(和生)先生を育成のトップに迎えていましたが、ああいうことが必要となってくる。あるいは、今はJに出向しているけれど、ガンバの上野山(信行)さんをほかのクラブが引き抜くとかね。そういうことが起こるんじゃないかと。なぜそれが大事かというと、ユースの子は全員がトップに上がれるわけではなくて、そうならなかった選手をほかのクラブに売ることによって、クラブを潤していくことも可能になる。そうやって育成・普及からトップまでが、きちんとつながっているところが強くなれるわけです。

――確かに、ヨーロッパではビッグクラブがある一方で、育成部門を充実させて、若い選手を売ることで成り立っている中小のクラブがたくさんあるわけですから。いずれ日本もそうなっていくのかもしれませんね

 ですから僕は、もっとヨーロッパの事例というものを勉強すればいいと思っているんですよ。ボスマン判決以降、ヨーロッパではいろんなことが起こっているのに、日本のクラブはぜんぜん検証も勉強もしていない。こういうことが起こるから、そうならないようにこうしよう、という議論がもっとあってもよかったんだけど。結局、強権発動的に新しいルールが採用されて、Jリーグにしてみれば「させられた」わけだけど、本当はもっと早いうちから段階を踏んでやっていればよかったのに、と思いますね。

今季終了後は、さらに選手の動きが激しくなる?

――FIFAルールへの改定によって、どれだけ選手を複数年契約でつなぎ止められるかがカギになると思うんですけど、でもそれはクラブの体力によりけりですよね

 新ルールになる前から、主力選手に複数年契約しているクラブはあるんです。それは鹿島だったり、ガンバだったり、安定して上位にいるクラブは、そういったことが前からできているわけです。だから、新ルールになったからといって右往左往しないし、そんなに大きな動きはなかったですよね。
 逆にいうと、J2のクラブ間の方が選手の出入りは多かったかもしれない。単年(契約)が多いから。むしろJ2クラブの場合、バジェットが小さいから複数年が難しい、という問題がある。水戸のように、主力を持っていかれてしまうクラブも出てくる。

――そんな中、今オフ、最も賢く動いたクラブはどこでしょう?

 FIFAルールの特徴をもっともよく理解して動いていたのはセレッソだったと思う。期限付き移籍で家長(昭博)、フリーで播戸(竜二)、それから清武(弘嗣)、高橋大輔、上本大海。新ルールというより、大分ショックをたくみに利用したといった方がいいかな。とにかくフリーになると思われる選手に対しては、どんどんオファーを出している。それが全員来てしまったら定員オーバーになってしまうんだけど、そこには「絶対、全員は来ないだろう」というち密な計算がある。あそこのチーム統括部長の梶野(智)さんは、ヨーロッパ型の移籍のサイクルやスキームというのを知識として持っているから、やるなと思いましたね。

――今オフは暫定的な部分もありましたけれど、来年のオフにはもっと動きが激しくなりそうですか?

 特に若い選手は、自分の可能性を追求するために契約を延長しない傾向が強まると思います。つまり、自分がどういう評価をされているのかということを感じたい、と。ですから今季が終わったオフには、みなさんが名前を知っているような選手が、フリーで移籍の候補に挙がると思います。
 それと、トレーニング・コンペンセイション(Jリーグ育成補償金)というのができたんですね。育成したチームに対して、たとえ契約金がフリーでも育成金を払いますよ、というもの。これは国内での金額の取り決めができていて、23歳までの選手について、21歳まで育成したクラブにお金が支払われるんです。例えばユースからトップに上がって、23歳より前に移籍するとマックスで5100万円がクラブに入ってくる。そうなると22歳で売ってしまえという話になってしまう。ゼロになるより、5100万入ればいいじゃないかと。だからユースからトップに上げて、23歳までに見切りつけて売るのか、フリーで持っていかれるのか、そういうチームマネジメントも必要になってきます。

――来季はますます、田邊さんのお仕事も忙しくなりそうですね

 とはいえ、フットボールの移籍の話って、日本の商習慣に感覚としてまったく合っていないと思うんですよ。人を売るとか、買うとか。だから代理人のイメージが悪くなるんですよね(笑)。

<後編に続く>(掲載日は3月8日予定)

■田邊伸明/Nobuaki Tanabe
1966年生まれ。東京都出身。株式会社ジェブエンターテイメント代表取締役。和光大学卒。1988年に株式会社ジェブに入社、サッカーイベントの運営に携わり、1991年から北澤豪のマネージメントを始める。99年国際サッカー連盟の「FIFAPlayers' agent」のライセンスを取得。2000年よりエージェントとしての活動を開始。毎年2月と7月には「選手を支えるフットボールビジネス」セミナーを開催中。詳細はホームページにて http://www.jebentertainment.jp/

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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