マゼンベが見せた驚きのサッカー=宇都宮徹壱のアブダビ日記2009

宇都宮徹壱

デニウソンの2発で勝ちを拾った浦項

ゴールを決めて喜ぶデニウソン(右) 【Photo:ロイター/アフロ】

 キックオフ直前、いきなり激しい雨が降り始める。ほほう、中東でも雨が降るのかと妙に感心。何でもアブダビで雨が降るのは8カ月ぶりのことだという。私自身、これまでたびたびアラビア半島を訪れてきたが、現地で雨に遭遇するのはこれが初めてのことだ。そのうち雨足は次第に強くなり、ゴール裏のカメラマンたちが慌てて雨具に着替える様子が見える。彼らには申し訳ないが、何だかものすごく得したような気分になった。

 だが、この天候以上に驚かされたのが、マゼンベが披露したサッカーである。当初はフィジカルを前面に押し出すサッカーを想像していたのだが、意外ときっちりパスをつないでくる。では、しっかりオーガナイズされているかと思ったら、そうでもなくて、ラインコントロールにはバラつきがあるし、セットプレーのマーキングもかなりいい加減だ。それでも足りないところはフィジカルで補い、遠めから果敢にシュートを打っていく。
 先制したのもマゼンベ。28分、何でもない左サイドから受けたパスを、13番のベディが思い切り右足を振り抜き、豪快にゴール左隅にたたき込んでみせる。マゼンベの大らかで意外性に富んだサッカーは、その後も見る者を魅了し続けた。

 対する浦項は、セットプレーの名手ノ・ビョンジュン(22番)、ドリブラータイプのキム・ジェソン(7番)、そしてイマジネーション溢れるプレーを随所に見せる10番のデニウソンと、前線にタレントをそろえているものの、なかなかチャンスをゴールに結び付けることができない。23分のノ・ビョンジュンの直接狙ったFKも、39分と41分にキム・ジェソンが見せたドリブルシュートも、いずれもマゼンベの守護神、キディアバの好守に阻まれてしまう。前半はマゼンベのリードで終了。

 後半5分、浦項は大きなサイドチェンジから、ノ・ビョンジュンが右から折り返したボールをデニウソンが競り勝って同点とする。その後、ファリアス監督は中盤の選手を送り込むことで、それまでの3トップから2トップにシステムを変更。ブラジル人ストライカーの高さと強さ、そして速さを最大限に生かした攻撃にシフトさせる。その後はこう着した時間帯が続いたが、マゼンベの運動量が落ちた後半33分、ついに布石が実を結ぶことになる。ハーフウエーラインからの長いスルーパスに、デニウソンが追いついて左足でシュート。ボールは小さくバウンドしながらキディアバの股間を抜き、そのまま決勝点となった。それまでたびたび驚異的なスーパーセーブを見せていたキディアバであったが、このデニウソンの巧みなシュートには抗し切れなかった。
 結局、終盤のマゼンベの猛攻をしのぎ切った浦項が勝利。準決勝でのエストゥディアンテスへの挑戦権は、アジアチャンピオンが手にすることとなった。

熱戦の陰で露呈した由々しき問題

雨に濡れながらもゲームに夢中になる人々。だが、この日の入場者数は1万人にも満たなかった 【宇都宮徹壱】

「選手たちはナーバスになってしまい、特に前半で(決定機での)ミスが目立った。このチームは若く、こうした大会に慣れていなかったことがミスの原因だったと思う」

 会見に臨んだ浦項のファリアス監督は、準決勝進出が決まったにもかかわらず喜び半分といった様子。特にマゼンベに圧倒された前半に関しては、リアクションサッカーに徹するしかなく、その限られたチャンスの中でミスを連発してしまったことを問題視していた。おそらく監督は、特定の選手(すわなちデニウソン)に頼らないサッカーを目指していたのだと思う。実際、攻撃陣には、それなりのタレントがそろっていた。それでも、結局はデニウソンの打開力と決定力に依存するしかなかったわけで、素直に喜べない指揮官の気持ちも理解できる。

 結果として、アジア王者がアフリカ王者に勝利したが、まったく異なるサッカーを指向する者同士がきっ抗したゲームを見せてくれたという意味で、この準々決勝は非常に見応えのある内容となった。今大会唯一の日本人選手、浦項の岡山一成に出番がなかったのはいささか残念だったが、それでも日本でテレビ観戦していた皆さんは、おそらく眠気も忘れてこのゲームを注視していたのではないか。

 とりわけマゼンベが見せた、リスクを顧みない(というより、考えていない)、ゴールへの欲望をむき出しにしたサッカーは、日ごろチマチマとした戦術論にうつつを抜かしていることが愚かしく思えるくらい、実に清々しく新鮮に感じられた。思うに私たちが見知っているサッカーというのは、実はごく表層的なものでしかないのではないか。そうした驚きを見せてくれるのが、このクラブW杯という大会の素晴らしさなのだと確信する。

 その意味で、この日の入場者数が9627人と1万人を割り込んだことは、由々しき問題であると言わざるを得ない。比較対象としてどうかとは思うが、先日私が取材した全国地域リーグ決勝大会は、1万965人もの観客がスタンドに詰め掛けた。アフリカ王者とアジア王者によるFIFA(国際サッカー連盟)主催の試合が、松本山雅の試合に負けてどうする。いくら地元のチームが出ないからといって、また天候に恵まれなかったからといって、この日はイスラムの休日にあたる金曜日だったのだから、もっと入場者が多くてもおかしくなかったはずだ。これだけ面白い試合を、現場で見ていた人間が1万人にも満たなかったという事実が、ただただ腹立たしく、残念に思えてならない。

<翌日に続く>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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