アル・アハリ、早すぎた敗退=宇都宮徹壱のアブダビ日記2009

宇都宮徹壱

自分たちのスタイルを貫き通したオークランド・シティ

先制点を決めてヘイン(手前)と喜ぶディッキンソン 【Photo:ロイター/アフロ】

 試合は、柔のアル・アハリ、剛のオークランドという、非常に明快な構図で進行した。ホームのアル・アハリは中東のチームらしく、細かいパスワークにやや過剰なテクニックを織り交ぜながら前線にボールを運び、1トップのバレーに合わせていく。対するオークランドは、持ち前のフィジカルの強さで相手の攻撃をしっかり受け止め、大きなクリアからカウンター。そして、サイドからのクロスに高さで挑んでいくという、典型的なニュージーランドスタイルである。スタイルもユニホームの色も近いので、何となくバーレーン代表とニュージーランド代表によるW杯プレーオフと重なって見えてしまう。

 前半は、アル・アハリがたびたび強烈なミドルを放って会場を沸かすも、それ以外のプレーではミスが多く、ゲームを支配している割には何ともしまりがない。一方のオークランドも、わずかなチャンスから荒削りなカウンターを仕掛けるのが精いっぱい。これでは日本で深夜、テレビ観戦している人たちには辛いだろうなと思っていたら、思わぬところで最初のゴールが生まれる。前半ロスタイム、それまでたびたび右サイドを駆け上がっていた16番のヘインが、スピードに乗ったドリブルから鋭いクロスを供給。このボールを逆サイドから中央に走りこんでいた22番のディッキンソンが豪快に蹴り込み、オークランドが貴重な先制ゴールを挙げた。

 後半もアル・アハリは、しっかりパスをつなぎながら、ここぞという場面で決定的な場面を作るが、いかんせんミスが多い。FWの選手を投入して前線を分厚くしても、かえって攻撃はちぐはぐになるばかり。この試合、チーム最多の5本のシュートを放ったバレーも、オークランドDF陣の徹底したマークを受け、思うようなプレーができずにいらだちを募らせる。逆にオークランドは、前半の1点に勇気づけられたのか、その後も自分たちのスタイルを貫くべく、愚直なまでに折り返して高さで勝負する。それ以外の戦術的オプションはないようだ。こうなると、ある種の様式美といってもよいだろう。

 そうこうするうちに後半22分、クームスの鮮やかなミドルシュートが決まり、ついにオークランドが試合を決定づける。開催国として絶対に負けられないアル・アハリは、その後さらに猛然と攻撃を仕掛けるが、ゴールへ向かう気持ちは空回りするばかり。ふとバックスタンドを見ると、まだ十分に時間があるというのに、地元の観客はどんどん席を立って帰っていく。何というあきらめの良さだろう。太鼓のリズムも、何やらヤケクソ気味に聴こえてしまう。結局、オークランドは体を張ったディフェンスで2点のリードを守り切り、オセアニア勢としては大会史上初となる初戦突破を果たした。試合後、喜びを爆発させて歌い、踊るオークランドの選手たち。その向こう側のスタンドには――すでに誰もいない。それはさながら、この大会の行く末を暗示するかのような光景であった。

アル・アハリの早すぎる敗退は大会に何をもたらすのか?

アル・アハリの敗退を見つめる地元のボランティアスタッフ。今後の大会の盛り上がりが心配だ 【宇都宮徹壱】

 試合後、ホテルに戻るシャトルバスに乗り込む。やはり、ほかに誰もいない。「帰りも独占しちゃっていいのかい?」と尋ねると、運転手は何も言わず肩をすくめて見せた。「もったいないから、明日からもっと小さい車にしようよ」と提案することも考えたが、はるばるインドから出稼ぎに来たこの人は、あるいは仕事を失うことになるかもしれない。たったひとりでのバス通いは、今後もしばらく続くことになりそうだ。

 帰り道、アブダビの控え目なネオンを眺めながら、早々に大会を去ることとなったアル・アハリについて想いを巡らせてみた。おそらく主催者側は、オークランドよりも地元のアル・アハリに勝利してほしかったはずだ。だが、最も非力とされるオセアニアとはいえ、曲がりなりにも大陸王者。ACLグループリーグ最下位のチームに勝利したのは、ある意味、当然の帰結であったと言えるかもしれない。ここで気になることが2点。まず、自国の出場クラブが消えた今、UAEの人々が大会をどれだけ楽しめるのか、ということ。そして、開催国枠のチームが来年もあっけなく敗れた場合(その可能性は決して小さくないだろう)、この7番目の出場枠の是非が議論されるのではないか、ということ。もちろん、この2つの懸念については、しばらく大会の推移を見守る必要があるだろう。

 ところでこの1回戦、日本でご覧になっていたサッカーファンの皆さんは、どちらに肩入れしてご覧になっていたのだろうか。おそらくはバレーがいる、アル・アハリのほうが多かったのではないかと推察する。私はといえば、バレーには少なからぬシンパシーを感じていたものの、心情的にはセミプロのオークランドに声援を送っていた。3年前、彼らが来日した際に、その年間予算が「3000万円程度」という記事を読んだことがある。今はさすがにもっと増えているだろうが、それでもJFLクラス、つまり1億円以下と見て間違いないだろう。翻ってアル・アハリの場合、バレーひとりの移籍金が6億円、年俸は3億から5億円と言われている。こうなると、常日ごろから「小さきものの味方」である私が、どちらを応援したくなるかは自明であろう。3日後のアトランテとの挑戦権を得たオークランドの選手たちには、心から「おめでとう」と申し上げておきたい。

 一方、敗れたアル・アハリ。試合後の会見で、マフディ・アリ監督は「来年、移籍市場が開けば、さらに素晴らしい選手を獲得できる」と豪語していた。バレーひとりの年俸よりも、はるかに安い年間予算でやりくりしているオークランドに敗れて、それでもなお高額な移籍金をはたいて「さらに素晴らしい選手を獲得」しようとする。「金ならある!」というのが、どうやらこの国の基本姿勢らしい。「適正」という感覚が欠如しているのは、何もシャトルバスに限った話ではないようだ。

<翌日に続く>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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