世界に追いつけ! 布啓一郎が掲げる育成改革論=U−18日本代表監督、ユースダイレクター布啓一郎氏インタビュー第2回

小澤一郎

組織で個の弱さをごまかしていては世界のトップ10に入れない

布氏は、「個の弱さをごまかしていては世界のトップ10入りは果たせない」と話す 【スポーツナビ】

――日本の指導というか教育、社会がどうしても弱点矯正に走る傾向にありますからいろいろな個性、価値観はないかもしれません。わたしはサッカー界から多様な個性を評価するような指導法を発信していくことで、もしかすると社会が変わるんじゃないかという期待を持っています

 どこまでできるか分かりませんが、サッカー界から発信していこうということだと思います。例えば、エリート教育なんかはすごく敬遠されたり、「特権階級」と認識されることがありますが、本当の語源は「戦場で先頭に立って戦う者」ということなんです。苦しい時に一番頑張れるのがエリート。だから、われわれはあえて「エリート」という言葉を使っていますし、エリートが「特権階級」で嫌らしいというマイナスのイメージをサッカー界から打破したい。前に述べた平等の概念もそうです。平等というのは、誰もが楽しめる環境、能力に応じた環境ということです。そいうことを強く発信していきたいと思っています。

――日本を外から見ていて疑問に思うのですが、日本では何か1つを打ち出すと、もう1つの要素がないがしろにされるというか、すごくブレる傾向がありませんか? 例えば、布さんがユースダイレクターの立場で「個の力が足りない」と言うと、組織はいいんだと受け止められる危険性がある気がします

 個の力に関しては、今までの日本は個の弱さを組織力でカバーしてきました。でも、今はそのサッカーでは通用しません。今は、1人1人の強い個が組織としてチームのために働く時代です。組織で個の弱さをごまかすようなサッカーでは絶対に世界のトップ10には入れないと思うし、そういうことのメッセージです。
 それから、勝つこと、育てることの間でブレるということについては、日本人の真面目なところであり、ある意味ストロング(ポイント)ではないかと思います。日本人はすごく生真面目で、例えば「協会はどういう(指導方針を)発信をするんですか?」とよく聞かれます。だけど、勝つことと育てることは決して乖離(かいり)しているわけではなく、サッカーの原理原則を押さえていけば、わたしは勝つ可能性は高まると思っています。ただ、日本人は真面目だからこそブレるんだと思います。今はまだそういう段階かもしれませんが、ブレているうちに徐々に振れ幅が小さくなって定まってくると思います。

世界のサッカーが向かっている方向性は日本に合っている

――昨夏、U−18日本代表候補の風間宏希(清水商業)が練習生としてスペインに来た際、何度か練習を見たのですが、すごく意識が変わったように感じました。というのも、向こうではアピールしないとパスがもらえないから、必然的にゴールに向かうプレー、シュートの意識が求められます。日本の選手にはまだそうしたプレーや意識は足りないのでしょうか?

 結局、それは指導者が、フットボールを教えているか、部品を教えているかの問題だと思います。サッカーというのはゴールを奪うためにやっているわけで、ゴールに向かってプレーすることは当たり前のことです。そういうことをわれわれ大人が間違わずにコーチングしてあげなくてはいけない。どうしてもポゼッションというとポゼションにこだわって、ボールが後ろにいってもポゼッションしているからいいということになる。部品としてとらえるのではなく、全体として、フットボールとしてとらえていかなければいけません。1つ1つの部品としてそろえることを考えると、「木を見て森を見ず」という状況になりかねません。

――最後に、2005年宣言(※)の目標は達成可能だとお考えですか?

 この目標は非常に高いレベルの目標だと思いますけれど、日本人の協調性とか組織力は素晴らしいものがあります。わたしは十分達成可能なものじゃないかと思っています。また、日本人には持久力、器用さ、組織力があり、今の世界のサッカーが向かっている方向性は日本に合っています。スペインがユーロ(欧州選手権)2008で優勝してくれて個人的にすごくうれしかったんですけど、日本人はああいうサッカーができるんじゃないかと思います。パワーや高さやで勝つような方向ではないですし、これまで日本が世界で勝っている競技というのはすべて技術系のものですから。

 育成面でスペインと日本にある違いは、年間を通じたリーグ戦と厳しいトレーニング環境のある・なしだ。スペインでは小学低学年から年20試合以上のリーグ戦を戦い、基本的に補欠なし。練習であっても目の前のボールに必死に食らいつき、時に味方同士で削り合うこともある。スペインにあるのは結果的に、「選手が育つ、フットボーラーが生まれる環境」だ。対して日本はスペインのような環境がない中、現場の指導者が必死に努力している。正直、スペインよりも日本の指導者の方が努力しているのではないかとさえ感じる。ただ、実際にはスペインの方が数多く、継続的に“世界で通用する”選手を輩出している。その矛盾や日本人指導者としてのもどかしさを今回のインタビューでぶつけるつもりだったが、布氏があまりに正確かつ的確に現状を把握、分析しているもので、違った意味で拍子抜けしてしまった。
 布氏や協会が掲げるリーグ戦構想や環境整備をスムーズに実行できれば、日本サッカーの未来は暗くならないと確信した。ただし、すでにリーグ戦や環境が整っている欧州や世界との差は縮まっているどころか、日増しに広がっている。その現実は認識すべきだろう。だからこそ、ここで布氏が強調した年間を通じたリーグ戦はすぐにでも導入してもらいたい。

<了>

※「サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、人々心身の健全な発達と社会の発展に貢献する」という理念を実現するため、サッカーの普及と強化、国際親善への貢献を目指したビジョン。また、2015年までに日本代表が世界のトップ10となり、2050年までにW杯で優勝するなどの目標を達成する。

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著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会人経験を経て渡西。2010年までバレンシアで5年間活動。2024年6月からは家族で再びスペインに移住。日本とスペインで育成年代の指導経験あり。現在は、U-NEXTの専属解説者としてLALIGAの解説や関連番組の出演などもこなす。著書19冊(訳構成書含む)、新刊に「スペインで『上手い選手』が育つワケ」(ぱる出版)、「サッカー戦術の教科書」(マイナビ出版)。二児の父・パパコーチ。YouTube「Periodista」チャンネル。(株)アレナトーレ所属。

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