シティとレアルの影に隠れたユナイテッドの思惑=東本貢司の「プレミアム・コラム」

東本貢司

事の発端はシティーのギャレス・バリー獲得

129億円という史上最高額の移籍金でレアル・マドリードに移籍したクリスティアーノ・ロナウド 【Real Madrid via Getty Images】

 さて、7月も半ばを過ぎようかという現時点での移籍市場の動きを眺めてみた時、ここ数年、いや、近代のそれと比べて、かなり質の異なる“差”を感じないだろうか。むろん、オフからの解禁期間はまだひと月半残っている以上、その間に何が起きるかは分からないとしても、筆者の勘には「ほぼ決定した」というフレーズがこだましている。
 何が「決定」したのか。傾向、流れ、趨勢(すうせい)……思い切って言ってしまえば「もうこれといった衝撃、意外性(のある移籍事件)は起こらない」。根拠を述べよう。

 発端はオフ突入後まもなくの「ギャレス・バリー→マンチェスター・シティー」だ。昨年来のラブコールの主、リヴァプールはおろか、少なからぬ関心を示していたアーセナル、スパーズ(トテナム)あたりが(チェルシーも?)、「さあ、いくらでオファーしようか」と検討に入る暇もなく、またメディアによる事前予測報道の前触れもなしに、合意発表がなされた。降格したミドゥルズブラのスチュワート・ダウニングが故障でしばらく使えない状況を鑑(かんが)みれば、国内にいる国産プレーヤーでは最大の大物であり、“価格”も比較的リーズナブルに落ち着くはずの目玉商品を、シティーは超速攻でかっさらってしまったわけだ。

 早い時点で(おそらく現時点で最も資金に余裕がある)シティーがポールポジションに立っているといわれていた、マンチェスター・ユナイテッド退団意志の固いカルロス・テヴェスの争奪戦――これこそが何より当面の課題と考えていたに違いないチェルシー、リヴァプール、アーセナルはさぞ面食らったことだろう。言ってみれば、シティーはいち早くバリーを確保したことで、まだエンジンを温めている状態のライバルたちを尻目に、一気にスタートダッシュをかけ、あっという間にF1に例えるなら一周近いリードを奪ってしまったのだ。ちなみに、ユナイテッドはその時点でまだテヴェス引き止めに期待を抱いていたために、スターティンググリッドにさえついていなかった。

思惑通りのシティーとレアル、プレミアの“ビッグ4”はたじたじ

 そこへもって、カカのレアル・マドリード電撃移籍内定、続いてそれから1週間と経たないうちにクリスティアーノ・ロナウドの同内定という、超大型地震二連発がやってきた。筆者の場合は、カカ内定の報を聞いた時点で、クリスティアーノ問題は収まった(本人も2008−09シーズン中に残留意思を“はっきりと”述べていた)と信じた口だが、読者の皆さんはどうだっただろうか。1シーズンの移籍解禁期間に、それもほんの数日以内に、同じクラブが移籍金の史上最高額トップ3入りする移籍を成立させるなど、いったい誰が予想しただろうか。

 レアル・マドリードの、フロレンティーノ・ペレス会長の資金源についての謎が深まる以上に、常識ではあり得ないことが起こったのだ。こうして、シティーの“抜け駆け”とレアル・マドリードの“常識破り”の相乗効果で、大方のトップクラブが補強戦略の見直しを強いられたのは想像に難くない。ややうがった見方をすれば、相当に混乱をきたした可能性もあるはずだ。
 なぜなら、獲りに行く方でも(資金力の点で)腰が引けると同時に、獲られるかもしれない有力プレーヤーをどうやって引き止めるか、そして、仮に引き止められなくなった場合に、穴埋めとしてどこに狙いをつければいいのかを、真剣に考え直さねばならなくなったに相違ないからだ。はっきりいって、実に迷惑千万な話である。

 果たして、シティーは引き続き、悠々とロケ・サンタクルスをゲットし、つい最近には予定通りにテヴェスも確保してしまった。その上、エマニュエル・アデバヨール(アーセナル)にまで触手を伸ばし、実現の見込みは限りなく薄いジョン・テリー(チェルシー)獲得も、現時点でまだあきらめていない。
 一方のレアル・マドリードは、ワールドカップ開催直前までフランスに残ると宣言していたはずの(そして、ユナイテッドが実際に獲得に乗り出していた)カリム・ベンゼマ(リヨン)まで説得してしまい、フランク・リベリー(バイエルン)についてはどうやら“ひとまず”断念したようだが、シャビ・アロンソ(リヴァプール)の方は今も執拗(しつよう)に秋波を送っている。

 こうして、ここまでの動向をおさらいしてみると、欲望の赴くまま(?)移籍市場を、それぞれの思惑通りにわが物顔にかき回すシティーとレアル・マドリードの前に、プレミアの誇る“ビッグ4”は眉間にシワを寄せてたじたじ、といった図式が浮かび上がってくる。確かに、チェルシーはユーリ・ジルコフ(CSKAモスクワ)を、アーセナルはトーマス・ヴェルメレン(アヤックス)を首尾よく戦力に加えはしたが、この両名の移籍は数カ月以上前から事実上決まっていたようなものだった。
 わずかに、リヴァプールがシティー(とチェルシー)を相手にグレン・ジョンソン(ポーツマス)を競り落として溜飲を下げたのが、中ヒットと言えるだろうが、ベニテスの目下の課題はアロンソとマスチェラーノ(バルセロナが狙っている)をいかにして引き止められるか。さぞ頭が痛いだろう。ちなみに、万が一の場合はインテルのカンビアッソを、と考えているらしいが、これとて思い通りになるかどうか。

 では、クリスティアーノとテヴェスの二大得点源を失ったユナイテッドはどうなのか。あえて種々の状況から見て焦りが、あるいは心配の種が尽きないライバル3クラブに対して、なぜかユナイテッドには奇妙なほどの落ち着き(と開き直り)が見え隠れする。現に、サー・アレックス(ファーガソン監督)は7月13日、早々と補強作戦終了宣言を出したのだが……。

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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