シティとレアルの影に隠れたユナイテッドの思惑=東本貢司の「プレミアム・コラム」

東本貢司

ユナイテッドの戦力補強は筋が通っているか

ユナイテッドのファーガソン監督(右から2人目)はオーウェン(右から3人目)ら3選手で補強を終了と宣言したが…… 【Man Utd via Getty Images】

 ユナイテッドが「3名の新戦力」で良しとしたのはなぜなのか。エクアドル出身のアントニオ・ヴァレンシアは、ユナイテッドの元キャプテンだったスティーヴ・ブルースが、サンダランド転身に先立って、ウィガン監督時代に獲得したユーティリティーMF。ブルース本人はもちろん、ウィガンのチェアマン、デイヴ・ウィーランも「ユナイテッドでもまれれば大スターになる器」と、一般認識からは想像もできないほど高く評価している“掘り出し物”である。サー・アレックスほどの者がそれを“真に受けた”だけとはとても思えず、「ある程度は」クリスティアーノの抜けた穴を埋められると判断したようだ。 高齢のギグス、スコールズに常時出場を期待しにくい事情もあり、また、キャリック、フレッチャー、アンデルソンの体調や故障具合と相談しなければならないケースも度々出てこよう。クリスティアーノのような「いるといないとでは戦術的に違いが出る」タイプとは違って、むしろ使い勝手の良さを考えれば、スピードはクリスティアーノに勝るとも劣らず、若くて生きがいいのは保証済み。確かに「ある程度は」の筋も通りそうだ。

 ボルドー出のフランス・アンダーエイジの俊才、ガブリエル・オーベルタンの方は、当然ながら未知数。だが、ファーガソン一流のスカウト網に早くから引っかかっていたというからには、只者ではあり得ない。思わぬヒットの可能性もあり、ナニやアンデルソンと競り合わせる青写真が浮かんでくる。
 実際のプレーを見ていない以上、何とも言えないのがもどかしいが、ひょっとしたらサー・アレックスは“ギグスかスコールズの器”を看破しているのかもしれない。ポジションは異なるが、獲り逃がしたベンゼマよりもお買い得、かつ、チーム構成の上で“ベター”だとしたら、実にしめたものである。

 そして、マイクル・オーウェン。少なくとも、現地一般の感触に従えば、クリスティアーノ放出以上の驚きでもって迎えられたようだ。ただし、決定的に重要なのは、意外は意外でも、否定的意見は思った以上に多くないという事実だ。故障がち(オーウェン本人はこのレッテルを否定しているが)の不安さえ克服すれば、多くの関係者、識者、ファン、そして誰よりもサー・アレックス自身が、「今でもイングランド屈指のフィニッシャー」だと太鼓判を押している。つまり、適切な使われ方をされる限り、確実にゴールを積み上げてくれる、というのが大方の共通した観測なのである。分かりやすい意見を一つ挙げておくと「ユナイテッドなら、ニューカッスル時代の3倍の(シュート)チャンスがある」。
 そして何よりも、サー・アレックス・ファーガソンという「実績のあるベテランの再生、およびその実力を最大限に発揮させる達人」にかかるのだから、という信頼感、期待感が圧倒的な“支持”の割合を占めているという点。いわく、過去の実例には事欠かない。カントナ、シェリンガム、ラーション、ファン・デル・サール……。

「クラブより大きなプレーヤーなどどこにも存在しない」

 なるほど、“えりすぐり”の3名は、少なくともサー・アレックスの目には粒よりの戦力として映っている――と考えてよさそうだ。ただし、これで本当に満足しているのかと言えば、ベンゼマ、リベリー(こちらは実際にオファーしたかどうかは不明)を一度は獲りに行ったくらいだから、そんなはずはない。それでも、期限1カ月半を残して「これ以上の補強はない」と言い切ったのはなぜか。
 そこには、明らかにシティーとレアル・マドリードの傍若無人ぶりを苦々しくも批判しつつ、プロフットボール界全体に対するメッセージのようなものも見えてくるのだ。
“終結宣言”の際、彼はこう述べている。「一般社会の経済危機に照らし合わせるまでもなく、法外な、いや法外などという表現すら超越した金額が飛び交って、今この世界の金銭感覚はおかしくなっている。純粋な価値に見合う等価で語れない状況の中で、その波に飲み込まれたくない、飲み込まれるべきでもない」

 だとすれば、オーウェンの獲得が「移籍金ゼロ」という事実にも、サー・アレックスのメッセージ性がそれとなく込められていると受け止めるのはうがち過ぎだろうか。そして、あまりに突出した存在になりすぎたクリスティアーノの放出には、マット・バズビー以来のユナイテッドの伝統の決めぜりふ「クラブより大きなプレーヤーなどどこにも存在しない」がBGMのように漏れ聞こえてもくる。いみじくもサー・アレックスはメディアを通して呼びかけて(?)いる。
「クリスティアーノには心からありがとうと言いたい。ただし、ユナイテッドにおける彼の役割は、おそらく一年前に終わっていたのかもしれないね」
 その“役割”は、新たに黄金の「7」番を引き継いだオーウェンに託されるようだ。

<了>

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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